カレット
じゅうさん
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ピピ、ピピ、と鳴り続けるアラームの音をしばらく聞いていた。
重い腕を上げてようやくスイッチを切る。それから緩慢に起き上がり、カーテンを開けると眩しさに思わず目を細めた。
すっかり冬の日差しに近づいている。

(……一週間)

朝比奈に全てを打ち明けてから、早いもので一週間が経った。
どんな顔で会えばいいのかとどぎまぎしていた自分が馬鹿らしくなるほどに、朝比奈の態度は変わらなかった。相変わらず穏やかで、きちんと仕事をこなす出来た部下である。
ただふと、何気ない会話ややり取りの中で、時折向けられる柔らかい笑顔。

ーー『櫻井さんのこと困らせますか、俺』

そう、櫻井は困っていた。



「おはようございます」

朝礼前、メールチェックをしていたところで朝比奈に声を掛けられる。どうしても少し跳ねる心臓を抑え、極力自然に「おはよう」と返した。
朝比奈がいつも通りであることは心底ありがたい。おかげで六花営業所での生活は相変わらずで、ふと何事もなかったのではと思うことさえある。
櫻井さん、と朝比奈が続けた。

「今日の夜、空いてますか? この間お客様に教えていただいたお店、櫻井さんと行ってみたくて……」

少し照れた様子でこっそりと告げてくる朝比奈に、何事もなくはなかった、と思い出す。

「……俺でよければ」

何となく気恥ずかしくなり、素っ気ない返事になってしまった。しかし朝比奈は気にした様子もなく、ぱっと顔を明るくして笑う。

「ありがとうございます。夕方に少し長くなりそうな案件があるんですけど、七時前には戻れると思うので……少し待ってていただいても大丈夫ですか?」
「いいよ。俺も事務処理残ってるから」

ありがとうございます、ともう一度朝比奈が笑ったところで、相沢が朝礼の集合をかけた。
朝比奈の家を訪ねて以来、二人で食事をするのは初めてである。実はあの二日後にも朝比奈が声を掛けてきたのだが、どうしていいかわからず、予定があると断ってしまっていた。朝比奈は「急に誘ってすみません」と笑顔でいたものの、どこかしゅんとしていたように見え、櫻井も申し訳なく思っていたところである。
朝礼を終えると、解散して各自業務に移っていく。オフィスを出て車に乗ろうとしたところで、今度は慌てて追いかけてきた三国に呼び止められる。

「おい櫻井!」
「はい、」
「忘れ物」
「えっ」

なんだ、と三国の手元を見ると、確かに櫻井の社用携帯がそこにあった。ぎょっとして携帯を受け取る。

「すみません、ありがとうございます」
「どういたしまして。にしても珍しいな、最近なんかボーッとしてんじゃねえか?」
「そ……うかもしれないです」

何があったとは言えず、プライベートのことで上の空になる情けなさもあり素直に認めた。
すみません、と謝る櫻井にふと笑い、三国が背中を叩く。

「痛っ」
「ま、気張りすぎんな。なんかあったら言えよ、櫻井主任」

そう茶化してひらひらと手を振り、さっさと自分の車に乗り込む三国に頭を下げた。
三国が主任でも何も問題ないと思っていた。適当なようで人のことをよく見ている。思いやりもある。先に主任になった後輩の櫻井に、一切負の感情を押し付つけず、背中を押してくれた。
仕事は仕事、そう割りきれるのが自分のよさだとも思っている。プライベートのひとつやふたつに揺るがされていい立場ではないのだ。

ーーそれなのに。

このところは朝比奈のことを考える時間ばかりが増えて、それが仕事の合間にも訪れるようになっている。

(馬鹿になっていく気がする……)

櫻井は、困っていた。



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