カレット
じゅうさん
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「ーーそうですね。では、この方向で進めていきましょう」
「よし。いや〜、櫻井さんとの打ち合わせは安定感あるなあ。一緒にデザインしてもらったシェルランプもね、周りに大好評」

機嫌良さげに笑う正田は、以前彼女に振られたと嘆いていた頃に比べると、すっかり立ち直ってきているようだった。
櫻井も並べた資料をまとめながら微笑む。

「それはよかったです。私も正田様のお手伝いをさせていただくと、毎回勉強になります」
「はは、こっちのセリフだよ。学ぶことだらけ、イケメンの仕草とかね」

冗談めかして言う正田に、櫻井も謙遜しながら笑う。
櫻井がカフェの完成予想図を眺めていると、正田が「そうだ」と声を上げた。

「櫻井さん、今日は飯どう? 急だけど」
「あ、」

ニコニコと機嫌の良い正田の誘いに返答が遅れる。
取引先からの誘いはよくあるため、個人的な予定は後回しにすることも多かった。接待が何がなんでも必要な世界かと言われればそうではないものの、業務外の付き合いが仕事を円滑にしている部分も多少はある。
しかし、

「……申し訳ございません」

今日は、と頭を下げる櫻井に、正田は何度か瞬きをしていやいや、と笑った。

「そんな謝らないでよ。残念だけど、また今度付き合ってください」
「ありがとうございます」
「野次馬だけど、櫻井さんにお断りされるってことは結構大事な用だよね。デート?」
「でっ……」

言葉に詰まった櫻井に、さらに正田が瞬きをする。

「あれっ!? 図星?」
「いえ、」
「あれ〜、顔赤いなあ。なんだ、そうかあ。それじゃあ仕方ないなあ」
「正田様……」
「あ、ごめんごめん、なんか嬉しくて。櫻井さんって仕事人間! てイメージだったからさ、親近感わいちゃった」

たまには息抜きしたほうがいいよ、と笑う正田に、はあ、と気の抜けた返事をしてしまった。
朝比奈と約束しているのはただの食事である。本当に違うのに、と思いながらも、途端にじわじわと意識してしまう。
ーーデート?

「いや、そうとなったら俺が引き留めてる場合じゃないね。今日もありがとう櫻井さん、また今度」

半ば強引に打ち切られ、櫻井は正田と別れると車に戻った。
時計を見ると五時。

(戻ろう)

エンジンを掛けて帰路につく。
朝比奈がどんなところに行きたがっているのかは聞いていないが、デートというつもりはなかった。
そもそも朝比奈とは恋人同士でもない。

ーー『櫻井さんの一番に』

朝比奈がどういうつもりで言ったのかわからない。
率直に受け止められるほど、櫻井の心はまっすぐにできていないのである。
どうしてなのか、本当なのか、受け取り方がわからず立ち尽くしてしまう。
同情かもしれないし、気まぐれかもしれない。もしかしたら、からかわれているだけなのかもしれない。

(……からかってるのは、ないか)

朝比奈の裏表のない笑顔を思い出し、思わず微笑した。
こんなところで思い出すのも妙だが、どちらかといえば筧や武井、それこそ古賀あたりの、男臭いタイプが自分の好みだと思っていた。自分にないものを求めているのかもしれない。
朝比奈はというと、男臭さとは縁もないような、櫻井と似たようなタイプの青年である。
それでも、隣にいて落ち着くのが朝比奈だった。

オフィスに戻ると、事務スタッフは既に帰宅しており、まだ戻らない営業もいるらしく、人影はなかった。
しばらく黙々と事務処理を進めていたところで、遠くで扉を開ける音、バタバタとした足音が聞こえてくる。そうして慌ただしくオフィスの扉が開けられた。

「櫻井さん、」
「ああ、お疲れ」

ほっとした様子で「お疲れ様です」と言う朝比奈に首を傾げる。ふと時計を見て、既に七時を過ぎていたことに今さら気が付いた。

「遅くなってすみません、電話したんですけど……」
「電話?」

言われて携帯を見ると、確かに着信が入っていた。そういえば正田との打ち合わせの際、サイレントモードにしていたことをすっかり忘れていた。

「悪い、全然気付かなかった」
「いえ、すみません……よかったです、待っててもらえて」

相当急いできた様子で、外は冷えているというのにうっすら汗を掻いている。それが何となく嬉しいような、申し訳ないような妙な心地で、櫻井は早々にコートを手に取った。
朝比奈の日報が終わると、櫻井も仕事を切り上げ二人で車に向かう。

「俺、車出します」
「ありがとう。帰りは、ここで落としてもらえればいいから」

また朝比奈に迎えに来てもらうわけにもいかない。
わかりました、と笑った朝比奈が助手席の扉を開けたので、礼を言って車に乗る。

「本当にお待たせしました」
「いいよ。没頭できたし」
「帰っちゃったかと思いました、櫻井さん」
「約束は反故にしない」
「さすがです」

こうして他愛なく話しているぶんには、以前となんら変わりない。
それなのに、朝比奈といる空間で居心地のよさを感じる度、心臓の鼓動が早まるのが不思議だった。


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