じゅうさん
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朝比奈に連れられて到着したのは、アンティーク調で高級感のあるホテルのレストランだった。てっきりもう少しカジュアルなところかと思っていたのだが、一体誰にすすめられたんだと席を案内されながら考えてしまう。
テーブルにつくとコースのメインを聞かれ、櫻井は魚料理、朝比奈は肉料理を選んだ。先に運ばれてきたドリンクで乾杯する。
「なんだかまた……すごいところだな。予約してたのか」
「実はそうなんです。少し時間をずらしてもらっちゃいましたけど」
「わざわざありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
嬉しそうに笑う朝比奈に、がっかりさせなくて良かったと安堵する。
改めて周りを見てみると、本当に雰囲気が良い。しっとりとしたクラシックのBGMも櫻井の好みである。
「誰に教えてもらったんだ?」
「月岡様です。いろいろと教えてくださって」
「ああ、あの方」
朝比奈が櫻井から引き継いだ顧客の名に納得する。可愛い物好きなところは朝比奈とのほうが気が合うだろうが、櫻井も全体的に趣味が良いと思っていた人物である。
朝比奈が笑った。
「雰囲気がいいって仰ってたので、櫻井さんと行きたいなと思って」
「……そうか」
返事に困る。全くいい返しが思い付かず、やはり素っ気なくなる。
それでも、朝比奈が気にした様子はない。
「失礼いたします」
料理が運ばれ、食べ始めてしばらくすると、櫻井は視線を感じて顔を上げた。朝比奈と目が合い、「どうした」と尋ねる。
「櫻井さん、食べ方綺麗ですよね」
「え? ありがとう。けどそう言われるとなんか食べづらいな」
「あ、すみません。思わず」
「いや。朝比奈も行儀いいと思うよ」
「そうでしょうか……小学校卒業くらいまで、お箸の持ち方が直らなくて注意されたりしてましたよ」
「意外だな」
「結構不器用なんです」
あはは、と笑う朝比奈は、器用そうに見えるがそうでもないらしい。そう見えるのも本人の努力ゆえなのだろう。
「まあ多少不器用なくらいが、可愛いげがあっていいんじゃないか」
「櫻井さんもそのほうが好きですか?」
「ん?」
何気ない会話だったが、そう尋ねられてふと言葉が止まる。
「……たぶん」
やはり、気が利かない。
が、朝比奈は嬉しそうだった。
「じゃあ、このままでいいです、俺」
そう言って満足そうに食事を再開する朝比奈に、櫻井の手は止まったまま。
ーー困る。
こんな風に好意を差し出されて、どうしたらいいのかわからない。
素直に受け取っていいものなのか?
手を伸ばした途端、消えてしまうのではないか。
どうしてもそれが怖かった。
*
後輩に出させるのはと渋った櫻井だったが、結局誘ったからと聞かない朝比奈が会計を済ませてレストランを後にした。
「ごちそうさま、美味かった。今度俺のほうから誘うよ」
「楽しみです、ありがとうございます」
社員駐車場に戻るまでの間、先程の料理の話や仕事の話をぽつぽつとした。時折会話がなくなっても、居心地のよさは変わらない。
(……落ち着く……)
気を抜いたら眠ってしまいそうなほど。
人前では気を張るほうで、余程疲れていない限りこんなことはあまりない。それだけ気を張らせない要素が朝比奈にはあるのだろう。
「……朝比奈には、」
「はい」
ーー俺よりもいい人がたくさんいるだろう。
そう思って、声に出なかった。
言ってしまって、面倒くさいと思われるのが嫌だったからである。何より自分で、俺面倒くさいな、と思ったからである。
「いや、なんでもない」
「えっ、気になりますね……じゃあ、頑張って当てます」
「クイズじゃないから」
「あはは」
もしかすると、朝比奈は櫻井の言いかけたこともわかっていたかもしれない。何となくそんな気がした。
出発地に戻ると、櫻井は置いていた鞄を掴んだ。
「いろいろありがとう」
「こちらこそです」
車を降りようとした時、不意に優しく手を掴まれる。
「、朝」
「……その」
朝比奈にじっと見つめられ、段々と心臓の鼓動が速くなる。
ゆっくりと朝比奈の唇が動いた。
「……おやすみなさい」
「……お、おやすみ」
名残惜しげに手を離され、鼓動が落ち着いていく。
なんだったのか、と思いながら車を降りると窓が開けられた。
「お気を付けて」
「ああ。朝比奈も」
「はい」
微笑むと、朝比奈は窓を閉めて車を出した。それを見送り、息をついて自分の車のキーを取り出す。
まだ触れられた感触が残っている。
(……熱い)
この温もりが、記憶に残ってしまうのが恐ろしい。
与えられる度に失うことを考えていてはどうしようもないとわかってはいる。
それでもこれまでにゆっくりと蓄積された負の感情が邪魔をするのだった。
人生で何が幸せなのか、それは人によって異なるのだろう。
櫻井が望む幸せとはなんだったか。
ーー好きな相手の傍で笑っていられたら。
最初はそれだけでよかった。
もし、受け入れてもらえるのならーー誰かと想い合うことが出来たなら、
(朝比奈、)
それはとても、幸せなことだろう。
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