カレット
じゅうよん
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談笑しながら食休みをして店を出ると、二人はモール内を歩き、時折目にとまった店に入って買い物を楽しんだ。
朝比奈がレジで並ぶのを待つ間、ふとうさぎをモチーフにしたネクタイピンが目に留まる。

(朝比奈っぽい)

自然と手に取って、違うレジで会計を済ませる。
後で渡そうとそれをしまうと、ちょうど買い物を済ませた朝比奈もやって来た。

「お待たせしました」
「いや。外、結構暗くなってきたな」
「そうですね」

冬ということもあって、すでに日が傾いている。
外に出ると朝比奈が笑った。

「景色も有名みたいですし、ちょっと覗いていきませんか」
「いいな。行こうか」

案内図に従って、レンガタイルの道をゆっくりと歩く。
程なくして、展望デッキに出た。広々としたデッキは寒さのせいかそこまで人がおらず、少しほっとして息をつく。
深い紺とオレンジが混ざり合ったような空を飛行機が横切って、その景色も白い息で霞んだ。海は残った夕陽を微かに反射してきらめいている。

「綺麗ですね」

そう微笑む朝比奈の横顔は、確かに見惚れるものがある。
きっと今まで引く手あまただったに違いない。ただでさえ目立つところを、この性格では、毛嫌いする人間のほうが少ないだろう。
そんな朝比奈が、こうしてわざわざ櫻井に時間を割く理由とは。



帰り道は途中で通りかかったレストランに入って夕食にすると、幸い渋滞もなく、あまり遅くならないうちに戻ることができた。
櫻井の住むマンションの横に車が停まる。そうだ、と思い出してバッグを開けた。

「朝比奈、今日はありがとう」

取り出した包みを朝比奈に渡す。
朝比奈は二度瞬きし、それから驚いた顔をした。

「いいんですか?」
「うん」
「開けても、」
「いいよ」

いつかもしたようなやり取りを繰り返すのがなんだか可笑しかった。
丁寧に包みを解き、箱を開けた朝比奈が、ネクタイピンを見てますます驚いたような、嬉しそうな表情を浮かべる。

「可愛いです。嬉しい……櫻井さんが選んでくれたんですか?」
「さっき見つけて、朝比奈っぽかったからつい」
「付けてたら数字が上がりそうです」
「それは保証しないけどな」

櫻井が笑うと朝比奈も小さく笑い、「ありがとうございます」とやはり丁寧に包みを戻した。

「……それじゃ、」

もう一度礼を言って車を降りようとした櫻井だったが、それより先に朝比奈の手が櫻井を引き留めた。

「櫻井さん」

優しく重ねられた手は熱い。

「……この一ヶ月、俺の我が儘にたくさん付き合っていただいて……本当にありがとうございます」

我が儘だと思ったことなど一度もない。
初めこそ困惑していたが、思い返せば、朝比奈に与えられる好意が嬉しいと感じている自分に戸惑っていただけだった。

「すごく楽しくて、嬉しかったです。櫻井さんとたくさん一緒にいられて」

楽しかったのは櫻井も同じだった。
ずっと心地好くて、穏やかで、

「これからもずっとそうしていたいです」

ーーきっと幸せな時間だった。


「櫻井さんのことが好きです」


朝比奈は嘘じゃないとも、本当だとも言わなかった。
ただ一言そう言っただけだったが、それが本当だと、いくら櫻井でも疑うことができなかった。
朝比奈は、櫻井のことが好きなのだ。

「……なんで、」
「理由がいるなら、たくさんあるんですけど……優しいところも、周りに気を配ってくれるところも、真面目なところも、仕事が丁寧なところも、好きですし……でもなんだか、そうなんですけど、そういうことではなくて」

触れたままの朝比奈の指先から鼓動が伝わってくるようだった。

「……あの時、もし櫻井さんの一番になれたら……櫻井さんが幸せだなって思うその時に、いつも俺が一番近くにいられたら、……俺も幸せだなって思ったんです」

朝比奈の言葉はわかりやすい。
考えていることがまっすぐに伝わってきて、静かになる頃には、耳まで赤い自覚があった。

こんな風に想われたことはない。

「好きです、櫻井さん。信じてもらえますか」

そうだった、と思い出した。
『櫻井さんに信じてもらえるように』ーーそう言って朝比奈が始めた一ヶ月。
たったそれだけのために、ここまで誠実に尽くしてくれた朝比奈を信じられなければ、何を信じたらいいのだろうか。

「……ありがとう」
「信じてもらえましたか?」
「うん」

小さく頷くと、朝比奈の指にきゅ、と力が入る。
どうしようもなく顔が熱かった。夜でよかったと心底思った。俯いていれば、赤くなった顔も、様々な感情で潤みきった瞳も見られずに済む。そう思った矢先に、

「じゃあ次は、櫻井さんに好きになってもらえるように頑張ります」

そんなことを言うので、とうとう感情が雫になって伝ってしまった。

「……もう好きだよ……」

やっとの思いでそう告げる。
間違いなかった。櫻井は朝比奈のことを人として尊敬し、好意を抱いている。もしかすると、とっくにそうだったのかもしれないと、この一ヶ月で随分思い知らされた。
穏やかで優しい朝比奈の笑顔がずっと好きだった。
朝比奈の手がゆっくりと離れ、櫻井の頬に触れる。

「……じゃあ、もっと好きになってもらえるように……これからずっと、櫻井さんの傍にいますね」

どんな顔で言っているんだと視線を上げると、思っていたよりもずっと近くに朝比奈がいた。
そして思っていたよりも、ずっと余裕がなさそうだった。

「我慢してたこと、してもいいですか」

頬にあった指先が櫻井の唇をなぞる。
何も考えられないまま朝比奈を見つめ返していると、ふと微笑んだ朝比奈がぐっと距離を縮めた。
優しく重ねられた唇は温かく、その心地好さに目を閉じる。
どれくらいのことだったか、やがて柔らかな音をたてて離された互いの唇から微かな吐息が漏れる。

ーー朝比奈と、

「……やっとできた」

嬉しそうに囁く朝比奈の声に、また顔が熱くなる。
心臓がうるさかった。
どんな顔でいたらいいのか、何を言えばいいのかわからない。
そんな櫻井の心を汲んでか、朝比奈は優しく笑って言った。

「おやすみなさい、櫻井さん。また会社で」



朝比奈と車で別れてエレベーターに乗ってからも、櫻井の頭はどこかぼうっとしていた。
玄関の鍵を開け、明かりをつけて、それからーー

よくわからなくなり、ソファーに腰掛け、そして横になった。

(……絶対酷い顔してる……)

手の甲で目元を擦り、長い息を吐き出す。
涙は引いていたが、お世辞にも格好のつく顔ではないだろう。
不意に朝比奈の唇の感触を思い出し、じわ、と顔に熱が広がる。

幸せに触れた気がした。

風呂を済ませ、ベッドに潜り込んでからも落ち着かず、何度も寝返りを打っては息をつく。到底人に見せられる有り様ではない。
外では気を引き締めて、疑われないように、間違えないように、全てが上手くいくようにしなければならなかった。人と違うのだから、せめてそれ以外は上手くやろうと思っていた。
そんな風に育ててきた負の感情を、朝比奈は当たり前のように、優しく摘み取ってくれるのである。

(……朝比奈、)

そう呼び掛ければ、いつも同じように向けられる笑顔を思い出し、櫻井は穏やかな眠りについたのだった。



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