カレット
じゅうよん
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朝比奈とどこかへ行く時は、大体交代で車を出していた。今日は櫻井の番だと思っていたのだが、朝比奈が迎えに来ると言ってくれたのでリビングで待つ。

(……一ヶ月、)

経ったな、とぼんやり考える。

ーー『一ヶ月、俺のこと見ててください。頑張りますから』

あの時、朝比奈はなんと続けたのだったか。
一ヶ月という長いようで短い時間、これまでになく朝比奈と時間を共有したように思う。朝比奈がそういう風にしていたのだろうが、ひとつも苦ではなかった。
無理強いも、同情も、軽蔑もない。ただただ穏やかで、居心地のいい一ヶ月。
何だか区切りをつけられると、今日で終わってしまうような気さえした。

ピンポン、と軽快な音が響く。
モニターを確認すると朝比奈の姿があり、テレビを消して玄関に向かった。

「おはようございます」

さっき見たばかりのような気がする朝比奈の笑顔に、櫻井も笑顔を返す。

「おはよう。早かったな」
「大丈夫でしたか?」
「実は早く起きすぎて、わりと待ちぼうけしてた」
「あはは、それならもっと早く来たらよかったですね」

俺も早起きしちゃいました、と笑う朝比奈の息は白い。
部屋を出ると鍵を閉め、朝比奈の車に向かった。車内はもちろん、全体的にいつも綺麗にされていて感心する。

「どうぞ」

ドアを開けて待つ姿も、入社したばかりの頃と変わらない。
礼を言って車に乗ると、朝比奈も運転席についた。

「では、出発しますね」
「お願いします」

* *

二時間ほど車に揺られて訪れた場所は、最近出来た海岸沿いの洒落たオープンモールである。話題になっているというだけあって賑わっていた。

「すごい人だな」
「ほんとですね。ひとまず、お昼にしましょうか」
「ああ。何がいい?」
「そうですね……」

うーん、と案内板を眺める朝比奈を微笑ましく思っていると、通りすぎていく女性たちがちらちらと朝比奈を見ているのがわかった。

「結構イタリアンが好きで……パスタはどうですか?」
「うん、」
「櫻井さん?」
「ああ、悪い」

よそ見をしているところを、朝比奈に声を掛けられてはっとする。こことか、と店の案内図を指され、いいなと返す。

「その後、CMでやってたジェラートも食べたいです」
「この寒いのに女子高生みたいだな……」
「ダメですか?」
「全然いいよ」
「ふふ、よかったです。行きましょうか」

嬉しそうな朝比奈と並んで歩き出すのが、なんとなく心地好かった。
イタリアンの店は多少混んでいたが、そこまで待たずに入ることが出来た。海辺の店らしく店内は爽やかで、小物や内装に感心していると朝比奈が小さく笑う。

「ん?」
「いえ、櫻井さんが仕事のこと考えてそうだったので」
「よくわかったな」
「尊敬してますから」

何故か得意気に言う朝比奈に笑ってしまう。

「そうか」
「本当ですよ。何か思い付いたんですか?」
「思い付いたというか……この間カフェの照明をシェルランプで提案したんだけど、結構素材が面白くて。こういう店にも合うだろうし、もう少しアレンジしてもいいかもなって思ってさ……」

櫻井の話を興味津々で聞く朝比奈は、やはり大真面目らしい。なんとなく二人とも仕事モードになってしまい、料理が出てきてからも抱えている案件の相談に乗ったりしていた。
話が落ち着くと、朝比奈が「あ」と眉を下げる。

「すみません、せっかくのお休みに仕事のことばっかり……」
「いや、全然」
「ありがとうございます」

朝比奈の仕事熱心なところも初めから変わらない。

「ジェラート食べに行くか」
「はい」

イタリアンの店を出て、少し先にあったジェラートの店に向かう。こちらのほうが混んでいるようだった。

「櫻井さん、席お願いします。俺並んでくるので、何にしますか?」
「悪いな。じゃあラフランスで」
「いいですね」

行ってきます、と列に向かう朝比奈を見送り、櫻井は空いているテーブルに座った。座席数は多く、この混み具合でもちらほらと空いている。
待っている間、やはり店内を見渡してみたり、テーブルに置いてあるメニューを眺めたりしていたが、ふと隣のテーブル席にいた子どもの笑い声にそちらを見る。

「チョコおいしい〜! ママにもあげるー」
「ええ、いいの? 嬉しい、ありがとう」
「なんだあ、パパにはくれないのかー?」
「え〜、へへ、しょうがないなー。ひとくちだけだよ!」
「あはは」

和やかな様子に、自然と口元が緩んでいた。小さい頃の理香を思い出してしまい、倉石に言われたシスコンという言葉も受け入れるしかないのかもしれないと思い直す。

「櫻井さん、お待たせしました」
「ああ、ありがとう。朝比奈は何にしたんだ?」
「ジャンドゥーヤです」

ジェラートを持って戻ってきた朝比奈が椅子に座る。ラフランスを受け取り、いただきますとスプーンをつけた。

「ん。美味い」
「美味しいですね。一口どうですか?」

何気なく、スプーンで掬われたジェラートを差し出される。朝比奈に他意はなさげである。
まさか手で受け取るわけにもいかないだろう。

「……ん、」

こんなことでどぎまぎするのもおかしいので、大人しく口で受け取った。ヘーゼルナッツとチョコレートの甘い香りが口内に広がる。
美味い、とは思うが、やけに視線を感じる気がした。
もしかすると変な目で見られているのかもしれない。

「櫻井さんのも一口いただいていいですか?」
「ああ、」

にこ、と笑って待つ朝比奈は、何も気にした様子がない。仕方なく、朝比奈がしてくれたのと同じようにすると、ラフランスのジェラートを口にした朝比奈は顔を綻ばせた。

「さっぱりして美味しいです」
「うん」

視線はますます強くなっているような気がする。
櫻井は、ふと考えているのが自分のことではないと気がついた。もちろん変な目で見られていいわけではない。
ただそれよりも、朝比奈が好奇の目に晒されるのが嫌だった。

「朝比奈、」
「気にしなくて大丈夫ですよ」

櫻井が言いかけたことを遮って、朝比奈が穏やかにそう言った。

「櫻井さんが一人でいる時から、女性がたくさん見てましたから。櫻井さんが素敵なので、どうしても目立つんです」

見つけやすくて助かりますけど、と笑う朝比奈に、やはり他意はなさそうに見える。
ただきっと、朝比奈は人一倍櫻井をよく見ていてくれているし、よく考えてくれている。

「……ありがとう。今日は飴も出ないけど」
「もう一口ラフランスをいただければ大丈夫です」
「ちゃっかりしてきたな」

この時ばかりは、周りのことは気にせずにいられた。
それが不思議で、心地好い。


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