カレット
じゅうご
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快晴である。
日曜日の朝も早いというのにそこそこに混雑する改札を抜け、春色の空を見上げてから携帯を取り出した。

『おはようございます! ゲート前のハニラビ像のところにいます』

早いな、とメッセージを再確認して朝比奈の待つ場所へ向かうと、パークゲートの前には既に入場を待ついくつかの列ができていた。
理香が好きなおかげもあって、櫻井もベリーラビット、モカラビット、ハニーラビットと、看板キャラクターくらいは知っている。
ハニーラビット像に向かうと、遠目からでも目に留まる爽やかな青年が穏やかな面持ちでパークのほうを眺めていた。朝比奈の傍を通りすがる女性たちの興味深げな視線に昨日のことを思い出し、やれやれと足早に近づいていく。

「朝比奈」

声を掛ければ、ぱっと顔を明るくした朝比奈が櫻井を見た。

「櫻井さん。おはようございます」
「おはよう、お待たせ」
「全然です。すみません、待ち合わせ開園前にしちゃって」
「いいよ、俺もこの時間にしか来たことない」
「そうなんですか? ちょっと意外です」
「友達と来た時も並んだ記憶があるし、ラビラン好きの妹と来た時はもっと早かったよ」
「妹さんラビラン好きなんですね」
「そう。お土産買っていかないと」
「あはは。昨日、楽しかったですか」
「うん。……朝比奈の話をしたら、すごく喜んでくれた」

理香の様子を思い出して穏やかに言えば、朝比奈も優しい笑みを深める。
ちょうどゲートが開き、並んだ列が動き出した。

「あ。櫻井さん、櫻井さん」
「ん?」

入園するなり、楽しげな朝比奈に軽く腕を引かれ、連れられるがままにワゴンショップの前に立つ。
ーーまさかカチューシャ付けたいとか言わないだろうな……。
様々なパターンのうさぎの耳が付いたそれらは、朝比奈の趣味からして好きそうである。そして恐らく似合う。
朝比奈が付けるぶんにはまったく構わないが、櫻井自身は遠慮したいーーと悶々としていたところで、「こういうの」とこちらもうさぎの耳が可愛らしいパスケースを差し出される。

「デザインお揃いで買いませんか? せっかくですし」 

その笑顔にほ、と胸を撫で下ろす。パスケースくらいなら可愛いものである。

「うん、いいよ」
「わあ、ありがとうございます! 櫻井さんどれがいいですか?」
「朝比奈が好きなのにしよう」
「迷いますね」
「んー……これとか、朝比奈っぽい」

クリーム色の、ハニーラビットをモチーフにしたデザイン。
なんとなく手に取ると、朝比奈が嬉しそうにケースを受け取った。

「じゃあこれにします、櫻井さんはモカっぽいからこっち。買ってきますね」
「いや、このくらい」
「あとでチュロス食べたいです」
「うん……? うん、」
「やった。ちょっと待っててくださいね」

上手くかわされ、会計を済ませる朝比奈の背をむずがゆい気持ちで見つめる。
ーー甘やかされている……。

「お待たせしました」

戻ってきた朝比奈が櫻井の首にストラップを掛けると、胸の下で可愛らしいモカブラウンのパスケースが揺れる。

「ありがとう」
「可愛い」
「ん? うん、耳にリボン付いてるしな」
「櫻井さんのことですよ」
「、」
「ふふ。どこから行きましょうか」

パンフレットを開いて肩を寄せる朝比奈の優しい声はいつも通りで、どこかくすぐったい。
未だ、小さなことでいちいち熱を帯びる頬をなんとかしたいものである。



「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」

いくつかアトラクションを楽しむと、休憩がてらワゴンで約束のチュロスを買った。のんびりと歩きながらチョコレート味のチュロスをかじる。

「食べ歩きって普段はしづらいですけど、ラビランだとむしろやりたくなります」
「ちょっとわかる」
「ですよね。チョコ、一口食べたいです」
「いいよ」

ほら、とチュロスを差し出すが朝比奈は受け取らず、そのまま一口かじる。

「ん、美味しい。こっちもどうぞ」
「……ん、」

朝比奈のスキンシップに最初の頃より慣れてきたとはいえ、照れるものは照れるし、周りに人は疎らなものの、気になるものは気になる。
しかし口に広がる苺味に「美味い」と呟けば、朝比奈は何も気にした風もなく、満足そうに微笑んでいた。

誰かが見てるとか。
どう思われてるかとか。

きっと、他人が誰とどう過ごしているかなんてどうだっていい人が大半で、だけどそれは『普通』の人の話で。
ーー普通ってなんだろう。
テーマパークでデートするのも、お揃いのグッズを身に付けるのも、美味しいものを食べさせあうのも、恋人同士ならきっと普通で、誰に見られたってなんともない。

「もっと食べますか?」

それが男同士というだけで、『普通』ではなくなってしまうのか。

「いいよ、ありがとう。昼飯まだだし」
「あ、そうですね! お昼、近くだとここのレストランが好きです」
「行ったことないな。じゃあそこにしよう」
「今の時間なら空いてそうですね」
「うん」

朝比奈が運んでくれる幸せは、温かくて恐ろしい。



遅めの食事を終え、朝比奈のすすめで人気のショーを楽しんだ後は、混みあう前にと土産を買うためショップに入った。理香に頼まれたぬいぐるみを見つけて手に取る。
幸せな時間はあっという間に過ぎていく。少し離れたところで棚を眺めている朝比奈を横目に見て、会計を済ませて隣に戻る。

「ありました?」
「あった。ありがとう」
「いいえ。行きましょうか」

最後のパレードを観て帰ろうと言ったのは櫻井のほうだった。
理由はなんでもよくて、ただ朝比奈と一緒の時間を長く過ごしていたかっただけ。朝比奈は知ってか知らずか嬉しそうで、場所などどこでもいい櫻井を連れて「この辺かな」と立ち止まる。

「よく見えると思いますよ」
「詳しいな……」
「ふふ」

すっかり日も落ち、明るい昼間と違って人目も気にならない。
パレードの曲が流れ出すと、周りの観客は皆沸き立った。たしかによく見える良い場所で、そのぶん周りはパレードに夢中になっている。
誰も見ていない。
こつ、と当たった手を遠慮がちに握る。
朝比奈がこちらを見た気がした。が、顔を上げる勇気がない。
途端に恥ずかしくなって手を離しかけた時、引き戻すように温かい指が絡んだ。

「……せっかく触れたのに、離さないでください」

耳元で囁く声は、きっと誰にも聞こえていない。
繋いだ手は誰にも見えていない。
情けない顔も。
こんなに幸せでいいのだろうか。
幸せが怖いだなんて、贅沢で馬鹿な悩みに決まっている。
だけど安心したら、欲を出したら、期待したらまたいつかーー
それでも、だけど、だって。

言葉を詰まらせ、ただただ手を握り返すと、朝比奈は今までで一番嬉しそうに笑っていた。


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