カレット
じゅうご
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翌日の待ち合わせは中間地点の大きな駅で、一時の約束に合わせて十分前に着くと改札の近くに理香の姿が見えた。こちらには気づいておらず、並ぶ広告を手持ちぶさたに眺めている。
ミモレ丈の花柄ワンピースに、春らしいミントグリーンのカーディガン。化粧も何だか大人っぽくなったな、と胸を温かくしていると、理香をちらちらと見ている男が早速何人か目に留まり、櫻井は足早に改札を抜けた。

「理香、お待たせ」
「ん! へへ、今日は私の勝ち」
「早く着いたのか?」
「んーん、さっき。行こ行こ、歩いて十分くらい」

櫻井と並んで歩き出す理香に、なんだがっかり、という周囲の男たちの顔。

「変な男に絡まれたりしなかったか」
「え? してないよ」
「そっか」
「あはは、お兄ちゃん心配しすぎ。確かに今日はちょっとお洒落したけどね」
「思った。似合ってるよ」
「照れますなあ」

この場所を譲るには自身の信頼に足る男でなければと改めて思う。
とはいえ、櫻井にそんな権利はないのだが。

理香に連れられて入ったカフェは人が多いわりに混雑して見えなかった。テーブルごとの空間が広くとられているせいか、と見渡す。
店内は季節の花をメインにしたアレンジで彩られ、案内されたガラステーブルの中にまで花が装飾されており、その華やかさに感嘆する。

「いいな、ここ」
「やった! 絶対お兄ちゃん好きだと思って、連れてきたかったんだよね」
「来たことあるのか?」
「うん、職場の先輩たちとご飯したの。パンケーキ美味しかったよ! あとねー……」

これと、これと、と楽しげにメニューを指す理香に微笑む。
パンケーキは半分こすることにして、食事とドリンクを注文した。

「……それで、最近は? 順調か」
「うん! やっとスタイリストになれたし、今すごい楽しいよ。指名も最近ちょっとずつ増えてきた」
「すごいな。すっかりプロだ」
「へへー、まだまだですよ。でもお客さんと接する時間も増えたし、私にお願いしたいって言ってもらえるの嬉しくて、もっと頑張ろうって思える」
「いいじゃないか。また切ってもらおうかな」
「ぜひぜひ。前より上手に切れるはず」

理香が専門学校を卒業して就職したばかりの頃、カットの練習台になるため閉店後の店に足を運んだことがある。指導を受けながら一生懸命に手を動かす妹の勇姿に感涙しかけた夜が懐かしい。
理香の近況に耳を傾けながら食事を楽しみ、最後に出てきたパンケーキを切り分ける。ナイフを入れながらふと理香の視線を感じて顔を上げると、なんだか嬉しそうに櫻井を眺めていた。

「ん?」
「へへ」
「ふふ、なんだよ」
「わかんない。なんか今日お兄ちゃんが元気だから」

切り分けたパンケーキを乗せた皿を受け取り、理香が笑う。
櫻井がわかりやすいのか、理香がよく見ているのか。

「……いろいろあって」
「いろいろ?」
「うん」

話そうと決めてはきたものの、いざ口にするとなると少し気恥ずかしい。

「恋人ができて」

周りの誰が聞いても他愛のない話。

「…………お兄ちゃんの……好きな人?」
「うん」
「告白したの?」
「してもらった」
「い、いい人?」
「うん、すごく」

微笑んだまま頷けば、きらきらと輝いていた理香の目に涙が浮かぶ。

「よ、……よかっ……よかったぁ…………」
「うん」
「ご、ごめんん……う、よかっ……よかったよぉ……っぅ゛ー」
「だ、大丈夫か理香……ほら、ハンカチ」
「うぇ゛……ぅ、っひぐ、ありが、ありがとぉ……う、お兄ちゃ、よかったねぇ、こいびと……嬉しいよぉ……」

予想以上の感極まりぶりに櫻井の目頭も熱くなるが、兄としての矜持でなんとか堪えた。
家を出たあの頃と変わらない。櫻井の感情を共有し、身代わりのように表に出してくれる可愛い妹。
泣き出した理香に向けられる周囲の視線は、嬉し泣きとわかれば安堵したように逸らされる。

「う……ぐじゅ、ごめん、ちょっとメイク付いちゃったかも……」
「気にしなくていいよ」
「あ、鼻水も……待って、さすがに洗って返す……ぐすっ」
「はは、いいって別に」
「う゛、待ってぇ……いっぱい話聞きたいのにお兄ちゃんの顔見ると泣いちゃう……ちょっと待ってぇ……」
「いいよ、また今度でも」
「やだあ、今日聞く、絶対聞く」

ちょっと待って、とジュースを飲んで自らを落ち着かせる理香に、櫻井も笑ってコーヒーを飲む。
それからお互いパンケーキを何口か。
理香が鼻を啜った。

「……恋人、どんな人? 優しい?」
「優しい」
「んふふ。お付き合いしたの最近なの?」
「そうなってからは……三ヶ月ちょっとかな」
「わーっ、いいなー。じゃあ、前から知り合いだったの?」
「うん。会社の後輩」
「えっ、年下?」
「理香と同い年だよ」
「ホント!? へー、同級生かあ……あれっ、待って、もしかして前に言ってた新入社員の人?」
「よく覚えてるな」
「なんか覚えてる! え〜、じゃあお兄ちゃん、めちゃめちゃ甘えられてるんじゃないの? 甘やかしてるでしょー、絶対」
「甘やかしてはいないと思うけど……昨日うちで夕飯作ってくれたし」
「えっ最高じゃん……」
「明日は向こうがラビラン行きたいって言うから一緒に行ってくる」
「うわ最高じゃん……むしろごめん変なところに予定挟んで……」
「いや、会おうって言ったの俺だからな。お土産何がいい?」
「いいのっ? んっとね、サイトに出てるはず……あっこれ、ベリラビの一番新しい春デザインのぬいぐるみ」
「ん、わかった」
「やった! ありがとうー、これパーク限定なんだもん。半分諦めてた」
「なんだ。そのくらい言えば買ってくるのに」
「あっほら。すぐ甘やかすじゃん人のことを」
「ええ……? いいだろこのくらい」

それに、とパンケーキを一欠片。

「……結構、俺も甘やかされてるというか……」
「……えっへっへ」
「……」
「うへへ……だめ、にやける……お兄ちゃんが幸せそう……んふふ」
「帰るか……」
「待ってよぉ、もうちょっと聞かせてよー」

そう笑う理香に甘えて、この一年を振り返るように朝比奈の話をした。
入ってきた頃から頑張り屋だったこと、歓迎会で潰された朝比奈を介抱した時のこと。
熱を出した時、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたこと。
一緒に大変な仕事もこなしたこと。
つらい時に寄り添って支えてくれたこと。
いつも気にかけて見ていてくれたこと。

いつからか。

年下らしい可愛らしさも、たまに見せる驚くほどの包容力も。
もったいないくらい誠実で優しくて、愛おしい。

「んふふ、」
「ん?」
「んーん。すごい好きなんだね、朝比奈さんのこと」
「……うん」
「ふふ」

いつの間にか、こんなにも。
ーーそれなのに。


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