カレット
じゅうなな
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日曜日の昼下がりは、何となく好きだった。

「ーー幸せに暮らしたのでした。めでたしめでたし」
「おにーちゃんもっかい、もっかい」
「ええ、もう五回目じゃん……いいけどさ」

リビングの窓際で、陽の当たるウッドデッキに足を投げ出したまま、理香にせがまれて同じお姫様の絵本を読み続ける。

「七生、理香、おやつよ」
「はーい」
「あっ、ケーキだ!」

母に呼ばれてテーブルにつくのが三時のお約束で、ショートケーキは理香が一番喜ぶおやつ。
手を合わせてから、てっぺんの苺を取って理香の皿に移してやるのもお約束。

「はい、理香」
「やったあ」
「また。たまには自分で食べたらいいのに」
「んーん、いい」

大好きな苺に目を輝かせる妹が可愛くて仕方なかった。苺一つ譲って喜んでもらえるのだから安いものである。

「お兄ちゃん優しくってよかったねえ、理香」
「うん、おにーちゃんだいすき! ふぐ」
「もうちょっと小さく取れよ。いっぱいついてる」

理香が口につけたクリームを照れ隠しに拭いてやるのを、母はいつも幸せそうに見つめていた。
おやつを食べ終わると理香は眠ってしまい、絵本を片付けてウッドデッキに出ると、庭を弄る父の背中を眺めた。
厳格で無愛想で、家に遊びに来た同級生がうっかり出くわすと大抵怖がる。平日は仕事で夜遅いことも多く、土曜日は接待とやらで出掛けていたりする。
そんな父も日曜日はほとんど家にいた。家族で出掛ける用事もないのによそからの誘いを断っているのを聞いたことがある。何かするのかと思えば、結局いつもと変わらず庭を弄っていたのだった。

「七生」

ウッドデッキにいるのに気付いていたらしい父が振り向き、手招きする。デッキをおりて隣にしゃがむと何かの種を渡された。

「……ひまわり?」
「ああ」
「ここに蒔くの?」
「そのままじゃない、少し土に穴をあけて……」

父が、日曜日は何もせずとも家族のために家にいることには何となく気が付いていた。
家族みんなが家にいる日曜日が、何となく好きだった。
無条件に可愛い妹も、優しい母も、不器用な父も。

自身のセクシュアリティを何度疑ったかわからない。

成長するにつれて自覚できる程には周囲から持て囃されていた息子に、両親がどんな期待を抱いていたか想像に難くない。
女子を見ていて何とも思わないことに違和感を覚えるようになった。何となく友人たちと違う気がした。

でも、自分は男なのだから。
気のせいかもしれない。理想が高いのかもしれない。まだ興味がないだけ。

だんだんと疑心を抱き始めた中学生の頃、特にバレンタインは憂鬱だった。机の中やロッカーにラッピングされたチョコレート。一人になれば誰かがやって来たりする。期待と不安に満ちた目でプレゼントを渡される。告白されたりする。
全て断った。無駄だとわかっていながら、出来るだけ傷付けないように。

「櫻井お前、男が好きなのかよー」

たった一言、友人の冗談一つで、疑心は確信に変わる。
ーー俺は異性を愛せない。

「そんなわけないだろ」

笑って言った気がする。そうしないといけないと思った。
誰にも言えなかった。誰にも知られてはいけないと思った。

家を出ると決めた時、家族に打ち明けようと思ったのは、どうしようもなく苦しかったからだ。
期待しないふりをして、心の底ではすがっていた。
認めてほしかった。愛する性が同性だというだけで、自分自身は家族と一緒に過ごしてきたこれまでと何も変わらないということを。


「もっと早く知っていたら、治ったかもしれないだろう!」


一生秘めて、のらりくらりとかわしていれば良かったのかもしれない。
恋愛に興味がないとか、仕事が忙しいとか、面倒だとか、そんな理由で。きっと上手くやれた。誰も傷付けずに済んだ。
母を泣かせて、父を激昂させて、妹を身代わりに傷付けて、やっぱり全て嘘だと言えたなら、どれほど良かったのだろうか。


* * *


「朝比奈、これ言ってた資料」
「ありがとうございます! すごい、やっぱり見やすいです、櫻井さんの資料」
「今日はチョコがあるな」
「ふふ、いただきます」
「櫻井俺にもチョコ」
「三国さんは昨日の日報と交換で」
「あ、やべ」

会社の外でだけ名前で呼び合うのにもすっかり慣れた。
仕事は順調、人間関係も良好。もちろん朝比奈との仲も。

三日前、理香に連絡を入れたのは、うっかりこのままでもいい気がしてしまいそうだからだった。

「……ご両親、会ってないって言ってましたよね」
「ああ。六年ぶりくらいかな」

両親ともう一度話をすると決めて、理香に伝えてから朝比奈にも話した。寄り添ってくれた朝比奈が心配そうに呟く。

「一緒に行きましょうか。近くまででも」
「ありがとう。でも一人で……ちゃんともう一回話してくる。今まで伝えられなかったこと」

そう思えるに至ったのは朝比奈のおかげだが、その当人は隣で感嘆するのだった。

「七生さんはやっぱりすごい人ですね」
「え?」
「カッコいいです。尊敬してます」
「……帰ってきたらまたカッコ悪くなってるかもしれないけど」
「そんな時なかったですよ」

胸にまっすぐ届く温かい声。

「七生さんはいつも、そのままで素敵なんです。俺はもう知ってます」

朝比奈の言葉と笑顔はいつも心を支えてくれる。
お礼ごと口づけ、櫻井は不思議と穏やかな心地でその日を待つのだった。


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