カレット
じゅうなな
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明るい時間に見る実家は、久しぶりのはずがそうでもなく感じる。

「お兄ちゃん、」

家の駐車場に停めた車から降りると、玄関先で待っていた理香が駆け寄ってきた。

「外で待ってたのか」
「ん。一人だと入りづらいかと思って」
「はは、ありがとう」
「連絡くれた時、心臓止まるかと思った。もうホントに」
「急に悪かったな、休みまで取ってくれて」
「悪いわけないでしょ」

六年ぶりに、櫻井に向かって玄関の扉が開かれる。

「ずっと待ってたもん」

顔を綻ばせる理香に櫻井も微笑み、靴を脱いで上がったところで足音が近づいてきた。

「……七生……」

リビングからゆっくりと歩いてくる久しい母の姿に目を見張る。
家にいる時でもきちんと化粧をしているところは変わらない。綺麗好きで洒落ているところも。
それでも、今にも泣き出しそうな顔で櫻井を見つめる母は、記憶よりずっと小さくなったような気がした。

「……ただいま」
「おかえり、」

ぎこちなく笑った母は、ふと歩み寄っていた足を止めた。

「……お父さん、和室で待ってるから……今、お茶持っていくわね。コーヒーのほうがいい?」
「じゃあ、コーヒーで。ありがとう」
「理香は?」
「お茶」
「お兄ちゃん連れてってあげて」
「はーい」

理香の呑気な声はわざとだろう。
手を出す理香に今渡せなかった土産を渡し、電話の声を思い出した。



『……お母さんね、お兄ちゃんに合わせる顔ないって』

メッセージで連絡をして、その後掛かってきた電話で理香が言ったのだった。

「……そっか」
『お母さんね、すごく後悔してるんだよ。お兄ちゃんが出てってからずっと……私がお兄ちゃんに会った日も、いつもものすごい気にして聞いてくるもん。本当は会いたいし、謝りたいけど、どんな風に謝ったらいいかわかんないんだと思う』
「うん」
『でも、お兄ちゃん来るって言った時すごく嬉しそうな顔してた。絶対あっちが本音だよ。だから、最初はもしかしたら上手く話せないかもしれないけど……大丈夫だからね。私も一緒にいるし』
「心強いな」
『へへ。あ、でもお兄ちゃんに恋人がいることとかは話してないから、そのあたりはお任せします』
「うん。……父さんは、」
『んっとね……ちゃんと伝えたよ。そうか、って。まあ、いつも通りでございます』

想像出来る父の後ろ姿に自然と微笑して息をつく。

「嫌がってないならいいよ。じゃあ、週末帰るから。いろいろありがとな」
『ううん。ありがとう……私はホントに嬉しい。待ってるね、朝比奈さんにもよろしく』
「ん。また」



紙袋を受け取った理香が「ありがと」と笑顔を向けた。

「お母さんに渡してくるね。……先行ってる?」
「ああ」
「わかった。すぐ行くから」

理香に続いてリビングに入り、相変わらず陽当たりの良い中、少しだけ配置の変わったテーブルを眺める。
そのまま続き間の和室に向かうと、静かに座っている父がいた。

「……久しぶり」
「……ああ」

初対面ならいざ知らず、怒っているわけではないことはわかる。母とは違い、記憶とさして相違ない父は、一言発したきり庭を見つめていた。
用意されていた人数分の座布団がやけに重々しくて、どこか櫻井家らしい。
黙って父の向かいに座るとすぐに理香が和室に入ってきた。

「はい、先にお菓子どーぞ。て言ってもお兄ちゃんのお土産ね、これ」
「ありがとう」

やはり口を開かない父に代わって礼を言うと、理香は不服そうに父を見つめ、櫻井の隣に腰をおろした。

「…………心配してたくせに」
「ごめんね、お待たせ」

か細く呟いた理香の声は、母の声に消えていった。母がそれぞれに茶を配ってから父の隣に座ると、途端に静寂が訪れる。
こんなに改まると確かに、第一声がわからない。
数秒の無言の後、最初に口を開いたのは理香だった。

「それでは……櫻井家、お兄ちゃんに謝る会を始めます」
「り、理香」
「だってそうだもん……!」

場を和ます冗談かと思えば、理香の瞳から我慢していたらしい涙が溢れ出した。

「わ、私はずっとっ……お父さんとお母さんに、ずっと謝ってほしかった、お兄ちゃんに」

六年前、同じように泣きじゃくりながら抱きついてきた理香を思い出す。大好きな両親と兄の板挟みにして、この長い間一番辛い思いをさせたのは理香かもしれなかった。
それでも両親のために、兄のために、今も心を奮い立たせている。

「理香」
「う、う」

片腕で抱き寄せて、「ありがとう」と伝えてから両親と向き合う。
ここまで来て、いつまでも格好悪い兄ではいられない。

「……今日は、伝えたいことがあって来たんだ」


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