じゅうはち
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「朝比奈先輩、チェックお願いしますッ!」
「はい、ありがとう」
元気の良い声に応えて穏やかに書類を受け取る朝比奈を微笑ましく眺める者が多数、愉快そうに通りすがる影が二つ。
「朝比奈先輩ですって」
「あらま、朝比奈センパイですかー」
「なんですか、三国先輩と武井先輩。仕事してください」
「うーわ、生意気になりやがって」
「何か櫻井に似てきたなお前」
「えっほんとですか! 嬉しいです」
今のは褒められたのか果たして、と顔を上げると、向かいに座る朝比奈と目が合った。
「ふふ、似てますか?」
「そうだな……作った資料は見るとなんとなく血を感じる」
「確かに。朝比奈が新卒ん時、結局ほぼ面倒見てたの櫻井だったよな」
「三国さんには美味しいラーメン屋さんをたくさん教えていただきました」
「俺が仕事教えてねえみたいに言うな」
ペンの後ろで朝比奈の頬をつつく三国に口元を緩ませ、他愛ないやり取りをキラキラとした眼差しで見つめていた新しい仲間に声を掛けた。
「新見、困ってないか」
「ハイ、大丈夫です! 朝比奈先輩、優しくて仕事早くって、尊敬してます。自分もっと頑張りますッ!」
「そっか。もう頑張ってるけどな、ありがとう」
新見はメインの教育を朝比奈に任せていた。すっかり主戦力となった朝比奈は、以前に増して頼もしくなり、以前と変わらず穏やかで優しい。
進捗も都度確認はしており、心配はしていないが、教えを受ける当人から曇りのない眼で語られるとやはり安心した。三国が納得したように頷く。
「新見は声のデカさを三倍にした三年前の朝比奈だわ」
「ありがとうございます! 頑張りますッ!」
「おう。ボリューム半分くらいでいいぜ」
「このくらいでしょうか!」
「惜しい。もう一回」
「もう、新見くんで遊ばないでくださいよ」
「はい三班、各自仕事してください」
「ハイ主任ッ!」
「おお、新見は今日も元気だなあ」
通りがかった相沢の笑い声がのんびりと広がった。
三年前か、と思い出して目を細める。
朝比奈がここに来て、もっと経っているような気もするし、もうそんなに過ぎたのかという気もする。
六花営業所は、半年前に事務の倉石が寿退社したことと、この春に新見が増えたこと以外、これといって変わりはなかった。
一度顔を見せてからは実家にも時折帰っているが、まだ朝比奈を連れていったことはない。いよいよ理香にせがまれているのでそろそろと思ってはいるところである。
それから、古賀の店が無事にオープンして一年半が経った。
「お、櫻井」
「忙しそうで何より」
オーナー兼店長に迎えられ、小さいながら相変わらず繁盛している昼食時の店内に微笑む。
古賀は「お互いにな」と笑い返して奥のリザーブされた席を見た。
「席そこ、ゆっくりしてってくれ。朝比奈くん、今日まだたまごサンド残ってるよ」
「やった、じゃあたまごサンドセットとアイスミルクティーお願いします」
「俺はローストビーフサンドとブレンドで」
「かしこまりました」
宣伝が上手いのか、腕がいいのか、恐らくどちらもあって、オープンから半年もすると固定客が増えていた。櫻井と朝比奈もその一人で、オープン当初からすっかり常連と化している。古賀と共にイメージを打ち合わせて造り出された空間は今、忙しない日常に落ち着きを与えてくれるものの一つになっていた。
【Perch】と“止まり木”の意味を持って名付けられた喫茶店は、これからさらに多くの人の癒しの場になっていくことだろう。
「お待たせいたしました」
注文品を運んできてくれたのは聡明な雰囲気が漂う清楚な女性で、彼女が古賀の恋人であることは一年前に店で見ていて気が付いた。
その後朝比奈のことを恋人として改めて古賀に紹介し、彼女を紹介され、今に至る。どうやら店の立ち上げから携わり、古賀を支えてきてくれたようだった。
彼女が櫻井と朝比奈の関係を知っているのかはわからないし、ましてや櫻井と古賀の過去を知っているのかもわからない。どちらでも構わないと思えるのは、古賀が今幸せそうで、櫻井自身も幸せだからに違いなかった。
いただきます、と手を合わせて、朝比奈がまじまじと皿を見つめる。
「この美味しいたまごサンド、本当どうやって作ってるんでしょうか……」
「三百回通ったら教えてくれるらしい」
「あれ、それってあと何回ですか?」
「数えてない。つまりそういうことだ」
「ふふ、じゃあ今日から数えます。頑張ろう」
「……古賀も隼人には勝てないな」
本当に、大したものである。
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