いち
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「主任は、どうしてここに勤めたんですか?」
「就職した理由? ああ……ていうかその、主任じゃなくていいから。櫻井でいいよ、慣れないんだそれ」
「じゃあ櫻井さん」
ふわ、と笑う朝比奈に、改めてモテそうな奴だなあと思った。
理由、と考える。
「なんだろう……夢がないけど、偶然なのかな。元々、いいと思ったところに就職できればそれでって考えだったんだ。それが」
――それが。
一瞬のこと、仄暗い記憶が呼び起こされる。
「あの頃は……いろいろ切羽詰まってたから、とにかく落ち着きたくて。手当たり次第受けて、最初に内定取れたのがタチカワだったんだ」
「そうなんですか」
「今はよかったと思ってるよ。朝比奈は? なんでここ入ったんだ」
「働いてる人に知り合いがいて、話を聞いてたらよさそうだったので決めました」
「へえ」
「それと本社で研修中、六花は働きやすいって聞いて、そこがいいなって思ってたら配属になったんです」
「そんな噂もあるのか。確かに、仲はいいからな。朝比奈もきっとすぐ慣れる、新人一人じゃ皆無駄に絡んでくるぞ」
「あはは、楽しみにしておきます」
屈託のない朝比奈の笑顔に櫻井も笑う。打ち解けられたことを嬉しく思い、同時に、せっかくやる気のある新人が来たのだから教育にも力を入れようと心に決めた。肩書きは責任感を強くすると聞いたが、確かに意識はより高まる。
「最後のところでは、朝比奈も少し話してみよう。俺もちゃんとサポートするし」
「ほんとですか? ふふ、実は少しやってみたいなって思ってたんです」
「おお、いいな。じゃあやろう、無理そうになったらすぐ俺に投げてくれていいから」
「ありがとうございます、頑張ります」
自分が主となってする新人教育というのも悪くないものだ、と櫻井は朝比奈の笑顔を見て思った。
* *
「それでは、失礼いたします」
最後の得意先。
二人で部屋を出て、車に戻った。バタン、と扉が閉まる。
「どうだった」
「すみません……」
「うんあの……俺が悪かった、てっきりいつもの方だと思ってたから」
「いえ、勉強になりました」
三嶋インテリア、いつもの担当者ならば物腰も柔らかく話のしやすい人物だったのだが、何の因果かよりによって時折出てくる堅物が相手だったのである。櫻井から見れば朝比奈は新人としては十分に対応していたのだが、朝比奈本人はそう思っていないようだった。
「あの人は俺でも難しいんだ、朝比奈はよく頑張ってたよ。ほんと、驚くくらい」
「そうですか……? そう言っていただけると嬉しいです、ありがとうございます」
「うん」
「さっきもありがとうございました、ほとんどフォローしていただいて……さすがというか、櫻井さんカッコいいなあって思いました」
「褒めても飴くらいしか出ないぞ」
「あはは、出るんですね」
櫻井も笑って飴の袋を差し出すと、いただきます、と言って朝比奈は飴を一つ取り出した。
「初日が櫻井さんでよかった、楽しく働けそうです」
「持ち上げるの上手いな」
「本心ですよ」
「ありがとう。さて、会社戻ったら日報の書き方も教えるからな。それが終わったら初日終了だ、お疲れ様」
「ありがとうございます、お疲れ様です」
ふわ、と笑う朝比奈。櫻井もつられてふわっと笑う。朝比奈は俗に言う“癒し系”なのだろう。きっとすぐに他の営業マンたちとも打ち解けるに違いない。先ほどの営業ぶりから見ても、間違いなく朝比奈は当たりの新人である。
――タイプじゃ、ないけど。
そんな目で見てしまう自分に、少し嫌気が差したのだった。
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