カレット

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「ただいま戻りました」
「三国さん、お疲れ様です」

もうすぐ六月。
三班のメンバーがまだ外に出ている中で一足先に営業所に戻っていた櫻井は、オフィスで三国と朝比奈を迎えた。

「朝比奈、お疲れ様」
「お疲れ様です」

柔和な笑みで応える朝比奈は、この営業所にもだいぶ溶け込めている。まだここに来ておよそ一ヶ月だが、朝比奈の営業としての力は櫻井だけでなく同行した先輩社員全員が認めていた。まだまだ先はわからないが、このまま順調に成長してくれればと願う。

「聞けよ櫻井、コイツあの癇癪ジジイを丸め込みやがった」
「癇癪ジ……て、蜂屋様のことですか。三国さんと相性の悪い」
「馬鹿言え、相性いい奴なんてそうそういるもんかよ。出てきた菓子を食わなきゃ無礼だ、食ったら今度は遠慮がねえだと無茶苦茶言うジイさんだぜ」
「まあ厄介な方だとは聞きますけど……でも、そんなお客様と上手くやったわけだ、すごいな朝比奈」
「ありがとうございます。だけど三国さんのフォローあってこそで、俺は特に何も」
「何だもっとがめつくなれよ。こういう時はな、全部俺のおかげ〜くらいに思っとけ」
「あはは、じゃあ全部俺のおかげです」

そう言って三国に小突かれる朝比奈は、「三国さんが自分で言ったのに」と笑っていた。新人の成長ぶりを頼もしく思いながら、櫻井は営業日報を終わらせ鞄を取る。

「それじゃあ、お先に失礼します」
「なんだ、帰っちまうのか? これから朝比奈と飲みに行こうって話してたんだけどよ、お前もどうだ」
「ありがとうございます、けどまた今度お付き合いさせてください。今日はちょっと、約束があって」
「約束? ふうん、なら仕方ねえな。お疲れ」
「お疲れ様です櫻井さん」
「お疲れ様です、失礼します」

他のグループのメンバーにも挨拶をし、櫻井はオフィスを出た。廊下を歩いていると、今度は二班リーダーで係長の日下、さらにその班員の武井と会った。武井は三国の同期である。

「お疲れ様です」
「お疲れ」
「お疲れさーん。あ、日下さんどうです、櫻井も一緒に」
「ああ、」

顔を見合わせる二人に櫻井が何だろうかと思うと、日下が言った。

「これからどこか飯でもと話していたところだ。お前もどうだ、他の奴も連れて」

立て続けに誘いを断るはめになるとは。

「すみません、今日は約束があって」
「そうか」
「三国さんと朝比奈も飲みに行くみたいです」
「お、マジか! じゃあ日下さん、そっちも誘いましょうよ。櫻井、今度は空けとけよー」
「はい、ありがとうございます」

二人と別れ、櫻井はようやく営業所を出た。
待ち合わせは八時に指定のレストラン、腕時計を見ればゆっくりと向かっても間に合う時間である。
車の中で携帯を取り出すとメッセージが一件。

『仕事終わった? 今から向かうね!』
(了解、俺も今から……と)

楽しみに思いながら返信し、櫻井は車を出した。


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