に
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レストランには、約束よりも十五分早く着いた。先に着いたら中で待っている約束でもあったので、車から降りてレストランのドアを開ける。
「いらっしゃいませ」
「予約の櫻井です」
「かしこまりました、少々お待ちください」
ウェイターが予約を確認し、櫻井を席に通した。
すると、
「あ」
そこには既に、待ち合わせ相手が行儀よく座っていた。
にぱ、と笑うのは。
「お兄ちゃん、久しぶり!」
櫻井の実の妹、理香(りか)である。
「久しぶり、理香。早かったんだな、待たせたか?」
「ううん、全然今来たとこ。お疲れ様」
「ありがとう。理香は今日休みだっけ」
「うん」
「失礼いたします」
ウェイターがドリンクを運んできたので、一度会話を止めて軽く頭を下げる。事前にコースを予約しておいたため、二人は待っていればいいのだった。
グラスを持ち乾杯して、運ばれてきた料理を楽しみながら近況を話す。
「美容師はもう慣れたか?」
「まさかあ。まだアシスタントみたいな仕事ばっかりだし、何となく毎日バタバタしてるし。やっぱり学生と社会人じゃ全然違うんだね」
「頑張ってるんだな。まあ、最初の頃っていうのはどこに行っても大変だよな。うちの営業所にも一人新卒が来たよ、俺の班に入った」
「あ、お兄ちゃん主任になったんだっけ! 何か主任って響きが偉そう〜」
「偉くないよ、特に何が変わったわけでもないし」
そうなの? と笑う理香に、そうだよと笑う。お互い近頃予定が合わず久しぶりに顔を見たが、理香の明るい性格は変わっていない。
――『……冗談でしょう?』
「お兄ちゃん」
「、何」
はっとして理香を見ると、理香は先ほどまでとあまり変わらない、穏やかな笑みで言った。
「最近どう? 好きな人とか、できた?」
好きな人。
「……出来ないよ。俺より理香は? いないのか、誰か」
「いたらとっくに言ってるよー。仕事先も女の人ばっかりだしさ、お客さんと恋愛なんて希望薄いし、全然だよ」
そう膨れっ面になって話す理香に笑みが溢れる。いる、と言われたら動揺する自信があったので良かったと思う櫻井。大切な妹をどこの馬の骨とも知れない男に――などと父親のような心境である。
口から出るのは、そんなことはおくびにも出さない言葉だが。
「お前ならいい相手が見つかるよ。今は、仕事に集中して頑張ることだな」
「やっぱりまずはそこか。あー、明日からまた仕事だあ」
「頑張るっていっても無理はするなよ」
「お兄ちゃんは心配性だよね」
「いいだろ別に、心配くらいさせろ」
「ふふ」
たまにこうして理香と会うことは、櫻井にとって妹の様子を確認すること以上に大きな意味があった。
具体的にどうというわけではない。ただ他愛ない話をして、空気に触れて、それだけで温かくなる。
一人の人間として、櫻井に欠かせないのである。
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