短編集
ブルースター 2
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翌朝、間宮が目を覚ますと風呂と身支度を済ませた伊集がせっせと動き回っていた。

「ふぁ……あっ!? い、伊集さんスミマセンッ」

伊集が昨晩の名残をできる限り隠滅させているのだと気がつき、慌てて起き上がる。ベッドは表面上片付けたものの、その他諸々ハウスキーピングに入られれば訝しく思われる痕跡は多々残っていた。
「おはよう」と答えた伊集が、間宮を気遣ってか閉めていたカーテンを開ける。

「ゆっくりしてて大丈夫だ。まだ早いし」
「いやいや時間の問題とかではなく……ありがとうございます……! 伊集さん身体大丈夫っスか? あと俺がやりますから! のんびりしててください! アッ紅茶飲みますか!?」
「ふ、いや、もう終わるし……ありがとう。間宮が支度できたら一緒に飲もう」
「秒で準備します」

間宮が身支度を整える間に伊集が掃除を終わらせると、間宮は部屋に備えてあった紅茶を淹れた。紅茶の知識はゼロだが、それでも良い物であることはわかる。

「どうぞ」
「ありがとう」

もう我慢することもないのでソファーに並んで腰かけ、カップを持ちながらメールをチェックする伊集の隣で紅茶を飲む。

「向こう着くの、昼くらいっスよね」
「そうだな。次の日は仕事だし、飛行機の中でちゃんと睡眠調整するぞ」
「はい!」
「……」
「?」

じ、と間宮を見て黙った伊集に小首を傾げると、触れていた肩にわずかに体重が預けられる。

「ホテル出たら、少し時間あるけど……どこか寄っていくか?」
「! します! デートっ」
「い、一応仕事だからな」
「ん〜、そーいうことにしといたほうがいいスよね。伊集さん大好き……ちゅー」
「こら溢れる、間宮っ」

朝食はホテルで摂り、少し休んでから荷物をまとめると、予定よりも早めにロビーへと向かった。
伊集の連絡を受けてフロントにいた勤務中のアシルが二人に気がつき、最初と変わらずにこやかに歩み寄ってくる。

「“アシル。昨日出張帰りだろ、お疲れ様”」
「“ありがとう。もうチェックアウトか、ゆっくりしていったらいいのに”」
「“十分のんびりさせてもらったよ。すごくいい時間になった、ありがとう。相変わらずいいホテルだな”」
「“光栄だ。マミヤも、寛げたか?”」
「“はい! ありがとうございます、お世話になりました。今度ぜひプラン組ませていただきたいですッ、よろしくお願いします!”」
「“こちらこそ。なんだか発音が流暢になったか? 連絡待ってるよ”」
「“ヴッ優しい……ありがとうございます……”」

チェックアウトの手続きを済ませ、荷物を持った二人にアシルが問いかける。

「“二人ともこの後は? デートか?”」

ニ、と悪戯な笑みで声のトーンを落とすアシルに、間宮は瞬きし、伊集は「アシル」と嗜める。

「“はは、ごめんごめん、つい”」
「あ、アシルさん知って……伊集さんが?」
「いや、言ってはいなかったんだけどな……」
「“? ああ、初日にマミヤと会って、そんな気がしたから仕事の話ついでにマサキに聞いたんだよな。来る前に教えてくれたっていいだろうに、シャイな奴だな”」
「“なんという観察眼……”」
「“わざわざお前に言うことでもないだろ”」
「“言ってくれれば、それなりの計らいをしておいたのに。いろいろ大変じゃなかったか? 気を遣っただろう、掃除とかな”」
「“アシル”」
「“はは、わかった、もうやめておく”」
「“で、できるだけ我慢しましたので……スミマセン……”」
「おい間宮」
「“あっはっは! やっぱり面白いなマミヤ、またゆっくり話そう”」
「“ぜひ!”」
「“ありがとう。さて仕方ない、ビズは我慢しよう。マサキ、マミヤ、気を付けて。また待ってるよ”」
「“ああ、ありがとう”」
「“ありがとうございます!”」

アシルの笑顔に見送られ、二人はル・カルヴェ・パリを後にした。
晴天の下、伊集が腕時計を見る。

「そこそこ時間あるな。間宮、行きたいところあるか?」
「んー、伊集さんとデートならどこでも楽しいけど……ゆっくりできるところがいいっスかね」
「じゃあ、何か買って公園でのんびりするか。天気いいし」
「賛成っス! えへへ」

伊集の提案に乗り、軽食を買って近場の公園で腰を落ち着ける。
ベンチで隣同士、距離を空けずに肩を寄せて座っていれば、時折視線を感じることもある。しかし誰も間宮と伊集のことなど知らない。帰ったら、外では我慢しなければ。
ーー俺は気にしねーけど。
伊集さんに迷惑かけたくない、とこっそり手を重ねる。今のうちなのだ。伊集も同じようなことを考えているのか、大人しくそのままにしてくれた。

「今度、旅行しましょーよ伊集さん、仕事じゃないやつで」
「そうだな。国内の旅館でいくつか行ってみたいところある」
「伊集さん仕事しそう……」
「そうだな……でも旅行になると無関係じゃなくなるからな……」
「まあいーっス。その時は遠慮なく、仕事のこと忘れさせてあげますから」
「……楽しみにしてる」
「あ、ちょっと顔赤い……エッチなこと考えたでしょ」
「もう、からかうなよ」
「スミマセン」

言いつつ、口元の緩みはそのままである。

「あー……帰ったら、別の家に帰るんスよね」
「ん?」
「なんか一週間も一緒に出掛けて一緒に帰ってきてたから、一緒に住んでる気分になってました。へへ」
「……」

間宮が笑うと、ふと伊集の手が間宮の手を握り返した。

「……引っ越すなら、莉一と話さないといけないし、時期はわからないけど」
「伊集さ……」
「……一緒に住むか?」

微笑んだ伊集の髪が、木々の葉と共に穏やかな風に揺れる。
ーー何これプロポーズ?

「伊集さん……指輪買いたい……今買って今渡したい……」
「気が早いな」
「一緒に住みたい……もう俄然一緒に住みたいんスけど……俺も莉一さんにお願いしますッ。必要だったら莉一さんに殴られる覚悟ありますッ!」
「その覚悟はいらないし絶対に殴らせない」
「伊集さぁん……」
「帰ったら、軽く話しておくから。少し待っててくれ」
「はいっ」

帰るの楽しみになってきた、と単純安上がりな間宮である。
そんなつもりはなかったが、莉一にも相談の礼にと高価めなワインを買っておいてよかったと胸を撫で下ろした。帰ったらすぐに渡すべし。

「そろそろ行くか。帰るぞ、日本」
「はい! 行きましょう」

こうして、間宮と伊集、パリ七日間の旅は幕を閉じたのであった。


そして、


「まァ柾貴から話は聞いた」
「は、はひ……」
「俺の荷物全部間宮くんが運んでくれるならいいよ」
「!! ハイッ喜んで!!」
「こら、引っ越し業者手配するって言っただろ」
「もう少し苛めさせろよ」
「莉一様……他に何かご要望はございますか……この間宮めになんなりと……ヘコヘコ」
「面白すぎるだろこれ……」
「やらんからな」
「ちょっと欲しくなってきた」
「それだけはご勘弁を……ははぁ……」

間宮の新しい春は近い。


*END*


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