不動産会社・火野の話
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土曜日朝、契約室で書類の準備を終えてからフロアで来店を待つ。
約束の五分前になると、駐車場に車が停まるのが見えた。やがて店の自動ドアが開いて、二人が並んで入ってくる。
なんか嬉しいのとか、ちょっと緊張するのとか一回忘れて、まずその絵面のよさに笑顔のまま固まってしまった。

「ーーおはようございます! お待ちしておりました」
「火野さん。おはようございます」

なんとか挨拶して櫻井さんと笑顔を交わし、アサヒナさんにお辞儀する。それにしてもこの人も顔が整ってるな……あと当然のようにスタイルがいい。

「担当させていただく火野と申します、よろしくお願いいたします」
「お電話させていただいた朝比奈です、よろしくお願いします」

俺より深々と頭を下げるアサヒナさんに、いい人なんだろうなと思った。面談終わり。オッケー!
とはいえ書類は書いてもらわないといけないので、飲み物を確認してから契約室に案内する。
コーヒーが運ばれてくると、席についたアサヒナさんがにこにこしながら「緊張しますね」と櫻井さんに囁いていた。微笑み返す櫻井さんはこれまでになくリラックスした雰囲気で、信頼関係が伝わってくるようだ。ぽーっと二人を盗み見ている受付さんに早く出ていってと目線を送りながら向かいに座る。
扉が閉まったところで、改めて姿勢を正した。

「ご来店ありがとうございます。お話しした通り、本日は面談となっておりますが、私としてはこのままご入居いただきたいと思っています。実際は書類のご記入がほとんどですので、緊張なさらないでください」
「ありがとうございます」
「では、最初にこちらの用紙にご記入をお願いします。お名前から順番に、できるだけ空欄のないように」

同居人が増えた時のための用紙を差し出し、テーブルの上のペンを取ろうとすると先に櫻井さんが取ってくれた。

「あっ!」
「えっ?」
「す、すみません。ありがとうございます」
「いえいえ」

ーー綺麗な指輪してた。薬指。左手だ。
えっ指輪してる。この前まで付けてなかったよな……。
ファッションリングって感じでもない。もしかしてプロポーズ!? おめでとうございます、かな? いやでもお節介だったらどうすんだ。しかし気付いた以上何かを伝えたい。

「……素敵ですね、その指輪」

我慢できずにちょっとお節介してしまった。
二人は少し驚いたようにして、それから笑ってお礼を言ってくれた。
アサヒナさんが氏名欄を埋める。

(朝比奈隼人さん)

少女漫画みたいなカッコいい名前だ。そして丁寧で柔らかい字。
ーーもうすぐ二十六歳か……二十六歳!? 俺より年下だ。確かに若いけど、えらい落ち着いてるな。しっかりしてる感じ。
ふと朝比奈さんが顔を上げる。

「そうだ……もし空いていたら、敷地内でもう一台駐車場お借りしたいんです」
「クローリスは駐車場多いので大丈夫ですよ。車検証のコピー取らせていただきたいんですが大丈夫ですか?」
「あ、車の中だ」
「俺取ってくるよ」
「お願いします」

鍵を受け取って櫻井さんが出ていくと、朝比奈さんと目が合った。

「ふふ」
「? ふふ、」

やっぱりにこにこしてる朝比奈さんにつられて笑ってしまう。なんだか不思議な人だ。

「……びっくりしました、不動産屋さんに相談したって言われて」
「え」
「誰かに自分のことを話すの、すごく怖がってたんです。ずっと」

言い淀んでいた櫻井さんの表情を思い出す。

「普通に対応してくれて嬉しかったって、いろいろ交渉してもらったって言ってました。ご尽力いただいて本当にありがとうございます」

普通の対応。
それ以外、本当に何もしていない。これが男女のカップルでも、兄弟でも、俺がしたことは別に変わらない。
そんな普通の対応で喜んでくれる。それが嬉しくて、どうしようもなく切なくなった。

「相談したのも、前に担当していただいて、いい人だったからって。今日お会いしてすごく納得しました」
「……恐縮です。でも櫻井さん、朝比奈さんのために頑張ってらしたんだと思います」
「え?」
「こんなに悩んで、それでも話してくれるなんて、よっぽど大切な人なんだなと思ってました。素敵な方なんだろうなって。……本当にその通りでした」

照れたように笑う朝比奈さんを見て、胸が温かくなる。
マイノリティと括られる中で生きる人たちのことはよく知らない。どんな生き方を望んでいるのかもわからない。
だけど、

「私が不動産に携わっていて、お二人を知っているというだけで、いつかまたお手伝いできることもあると思います。何かあればご遠慮なく、いつでもご相談ください」
「……はい。ありがとうございます」

この縁をずっと大切にしたいと思えるほど、二人が魅力的な人であることだけは確かだった。




「終わったのか」
「北水さん、お疲れ様です」

二人を見送って契約室の片付けをしていると北水さんが顔を出した。

「あ、この前……ありがとうございました」
「あ?」
「……や、なんでもないです」

最初に指導に付いてくれた先輩の性格くらいもうわかってる。
相変わらずだなあと思いながら書類の端を揃えると、北水さんがため息のように溢した。

「売買来れば。もうできんだろ、お前は」

ーー俺は振り返った時、どれだけ一生懸命やってきたと言えるだろうか。

「……もうちょっと、頑張ろうかなって思います。こんだけ賃貸いるのに、なんか今までやってこなかったことたくさんあった気がして」
「…………」
「ッてえ!」

小さく笑ったように見えた北水さんに思いきり背中を叩かれた。普通に痛い。
けどなんか嬉しい。

「久々飯行くか。奢ってやる」
「えっいいんですか? 行きます!」
「その代わりフクロウ飼えるとこ探しとけ」
「フクロウ!?」
「建て替え短期」
「あ〜……フクロウ……」
「できねえのか」
「探させてください!!」
「よし」

やっぱり不動産って、大変だ。



*END*


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