不動産会社・火野の話
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約束の時間前に下で待っていると、店にいつぞやのイケメンが入ってきた。櫻井さんだ、なんだか懐かしい。

「こんにちは、櫻井さん」
「お久しぶりです。すみません急に」
「大丈夫ですよ、ご連絡いただいてありがとうございます。お茶かコーヒーいかがですか?」
「じゃあ、コーヒーお願いします」

受付さんに頼んで、そのまま契約室に案内する。どうにも話しづらそうだったのが気になって確保しておいた。
テーブルにコーヒーが置かれると、静かに扉が閉まって二人きりになる。

「ありがとうございます、お気遣いいただいて」
「いえいえ。それで……ご相談というのは」
「……実は、一緒に住みたい相手がいるんですが」

おや。
でも彼女かわからないしな。兄弟パターンもある。いや反応的にそれはないか。

「なるほど! そうするとお住み替え……あ、すみません、今のご契約についてでしたね。今のお部屋のまま、お二人入居でお考えですか?」
「はい……まだわからないんですが、大丈夫かどうか、確認だけお願いしたくて」
「はい。広いお部屋ですし、同じ間取りの他のお部屋でお二人住まいの方もいらっしゃいますから、大丈夫だと思いますよ」

なんだそんなことか、と思って笑って答えると、何故か不安そうな表情のまま。
ーーなんかあるなあ。

「……ちなみに……オーナーさんにもお伝えしないとなので伺いますが、そのお相手の方とはどのような?」
「……恋人なんですが、……男性なんです」

ーーあー。

やっぱりなんかあった。
けど何かがストンと胸に落ちた気がした。
別に櫻井さんのことはそんなに知らない。イケメンで、ちゃんと仕事も貯金もしている人で、お洒落に気も遣えて、話し上手の聞き上手ってことくらい。
そんなに知らないけど、初めて会った時から、ものすごくちゃんとしていた。
そうしておかないといけないみたいに。


「なるほど! 大丈夫だと思います」
「え、」

笑って答えると、櫻井さんは拍子抜けしたように瞬きした。

「こちらのオーナーさんからは、きちんとお家賃をお支払いいただけて、お人柄としてもちゃんと信頼出来る方に入居してもらいたいとお願いされてます」

本当は、伝え方なんかどうにでもなる。 
知り合いと節約のために一緒に住むとか、一時的な避難だとか。最悪無断で住んでたって、何かあるまではどうせわからない。
櫻井さんだってそんなのわかってたはずだ。それでも隠さず話してくれた。

「確認のために一度お相手の方にもご来店いただきたいと思いますが、櫻井さんなら大丈夫ですよ。私が責任を持って、オーナーさんにお伝えいたします」
「……ありがとうございます」
「とんでもないです。念のため、ご本人確認が終わればそのままお手続きできるように、先に私からオーナーさんにご事情お話しさせていただいてもよろしいですか?」
「もちろんです」
「かしこまりました」

個室を出ると店の外まで見送った。

「……もしダメでも、大丈夫です」

立ち止まり、そう嬉しそうな顔で笑いかけられる。

「火野さんにお願いして本当によかったです。ありがとうございます」

なんだかその言葉と表情にじわじわ感動が込み上げて、もしかしたら俺はこの人のために不動産会社を選んだのかもしれないとさえ思ってしまった。
本当は早く売買部に移りたいと思ってた。賃貸部は見返りも低いし、そのわりに厄介な案件も多いし、どれだけ親身に対応したってクレームも出やすい。心ばっかりすり減っていくような気がしてた。でも自信がなくて、いっそ辞めて、他の会社でやってこうかなとか。
ーーここにいてよかった。かも。
車が小さくなっていくのを見届けて身体を伸ばす。

「……さて。電話!」

伝え方なんかどうにでもなる。
だけど櫻井さんが嘘をつかないと決めたなら、俺がねじ曲げるわけにいかないだろう。

×

「ーーあっもしもし櫻井さん、こんばんは!」

報告の電話ができたのは翌晩だった。

「はい、ええ……いやいや! 私は何も。……ふふ、こちらこそですよ。はい、ではまた、ご連絡お待ちしております。失礼いたします」

携帯の通話終了ボタンを押してほっと息をつく。
結果として、俺が面談をして大丈夫だと思えばオーケーということになった。実質もう通ったようなものだ。
櫻井さんは電話の向こうで喜んでくれた。本当に一緒に住むかはわからないとのことだが、これから話をしてみるそうだ。
ーーわざわざ相談までしに来て、ホントに一緒に住みたいんだなあ。住めるといいなー。2LDKあたりで同性カップルいけそうなとこ一応探しておこうかな……。

「あのイケメンホモだったの?」

誰だ今の。隣の同期か。

「世の中わからねー、顔交換してくれよな」
「顔だけ交換したところでお前はぜってーモテねえからな」
「感じ悪ッ、なんだよ火野。足短いって言いてえのかよ」

コイツだけは櫻井さんに会わせまい。
管理物件のことなので同僚にも知れてしまうのはどうにもならなかった。本人に伝わらなければどう思ってようが別にいいけど、担当者としてはいい気がしない。
モヤモヤしてると向かいにいた女の先輩も混ざってきた。

「でも素敵じゃない? イケメンなら許される感じするよ」
「その一言が残酷っすわー」
「事実っしょ、汚ないオジサン同士の恋愛とか想像したくないし」
「綺麗なオッサンならいいんすか?」
「あ〜、まあ百万歩譲って許してもいい」

別に誰もお前らに許されるために生きてるわけじゃねーし。

「いろいろ恵まれてんのに、やっぱ人間って完璧には生まれねえんだな」

ーー話したこともない奴から、こんな風に言われる義理もない。

卒業式でも出る気配のなかった涙が何故かここで出そうになって、会社だから我慢した。
と同時に、同期の無神経な頭がファイルでひっぱたかれた。めっちゃいい音。

「いッッて!」
「テメーら、ちっとは火野の気持ち考えて喋れよ」
「は? なんすか、北水サン……」
「自分で考えろ、そんなんだから未だにテメーはドベなんだよ。ったくいい歳して……見てて恥ずかしいったらねえ」

ガキ、と言い残して書庫に消える売買部の北水(きたみず)さんは、パワハラだけどめちゃくちゃカッコよかった。
パワハラだけど。
向かいの先輩は、いろいろ思い直したのかはっとして「ごめん火野」と小声で言うと、自然と業務に戻っていった。

「……なんかゴメンだけど……殴んなくてよくね?」

コイツはもう知らん。


* *


そうして電話が掛かってきたのが、二週間後のこと。

他の奴に余計な真似をされたくなくて、櫻井さんには相談に来てもらった時から社用携帯に直接電話してほしいと伝えてあった。
昼食を三分で済ませ、プライベート携帯を弄っていると社用のほうが着信音を鳴らす。無意識半分で手に取った。

「はい、火野です」
『こんにちは。先日伺った櫻井のパートナーの、朝比奈と申します。突然の連絡で申し訳ありません、今お時間よろしいでしょうか』
「あっ! 櫻井さんの……! はい、もちろん大丈夫です。ご連絡ありがとうございます」

慌てて休憩室を出てデスクに戻る。
ーー今名前なんて言ったっけ、アサヒナさんだったかな。
電話越しでも聞き取りやすい穏やかな声に、なんとなく安心した。

『お話を聞いて、ぜひご面談をお願いしたいと思ったんですが……来週の土日で、どこかお時間いただけますか?』
「はい、来週ですね。一番早くて、土曜日の十時からお取りできますがいかがでしょうか」
『土曜日の十時……、ありがとうございます、そこでお願いします。二人で伺いますので、よろしくお願いします』

ーーもしかして一緒にいるのかな。ていうかこれ櫻井さんの番号だな。
一緒に来るんだ。

「ーーはい。それでは、土曜日の十時にお待ちしております。お気を付けてお越しください」

ちょっとお洒落なネクタイ付けていこうかな。



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