Side:A 朝比奈隼人の話
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「隼人なんで彼女作んねえの?」

もう何回目だろうか。
そんなに彼女っていないとダメかなと思いながら、トングで掴んだ空き缶をゴミ袋に放って笑う。

「うーん……一人のほうが気楽な感じするし」
「モテる奴が言うとそんな気もしてくるよな……」
「騙されんなっ! 俺たちはモテないからこそ彼女がいないと楽しくないんだろうがっ」
「はいはいそこ、無駄話やめい。ほら、お前らそっち回ってこい」

ゴミ袋片手に割り込んできた祥(さち)が「行くぞ隼人」と脇道に誘導してくれる。

「ありがとう祥」
「いいよ。お前も大変な」

祥は同じ大学に進学した唯一の同級生で、高校三年間仲もよかった。さっきの質問の答えも知っている。そのせいか、居合わせると気を遣って助け船を出してくれることが多かった。別にどうしても聞かれたくないわけではないけど、進んでしたい話でもないのでありがたい。

高校一年生の時に付き合った彼女と別れたのは、忘れもしない卒業式の日だった。


× ×


「ごめん、別れよ」


式が終わって、友達も交えて遊んだ帰り、いつも通りに送っていった彼女の家の前で。
この数ヶ月、一緒にいてもつまらなそうにしてることにはなんとなく気付いてた。
何かあったか聞いても曖昧に濁したり、どこか誘ってみても乗り気じゃなかったり、空返事が増えてきたり。

「……わかった」

その場かぎりの、一時の感情で別れようなんて言い出す人じゃないことはわかってる。一回決めたことを邪魔されるのが嫌いなことも知ってる。ちゃんと理由があって、自分で考えて決めたんだろう。
だったら理由がなんであれ、彼女の決断を邪魔しないで受け入れることが最善だと思った。

「我慢させてごめん」
「、何それ」
「……別れたいと思ったの、今日や昨日じゃなさそうだから」

ーーもっと早く気が付いて、俺から上手に話を聞いてあげたらよかったのかもしれない。
彼女が悩む時間を減らせたかもしれないし、結果は同じでも、自分から言わせるようなことはさせずに済んだかもしれない。他の誰かともっと幸せな時間を過ごせたかもしれない。
時間を掛けて傷付けたような心地で申し訳なく思っていると、俺のことを呆れたような顔で見つめていた彼女が半笑いで呟いた。

「……そういうとこだよ」
「え?」
「隼人って、なんか信じられなくなる時あるっていうか……ホントに私のこと好きなのか、わかんなかった。結局、私と付き合ってくれたのも同情だったんじゃないかって。でも隼人はいい人だよ。今まで私なんかに付き合わせてごめんね」

ーーどういうことだろう。
とっさに理解できず呆然としてしまって、「元気でね」と家に入っていく彼女の背中を見送ることしかできなかった。
そうして結局、「今までありがとう」の一言も言えないまま、彼女とは連絡が取れなくなってしまった。



「うわー、キツー……」

大学に入学してすぐの頃、祥が誘ってくれたファミレスに寄って話をした。大学で再会して、彼女とも面識があった祥に「向こうは元気か?」と聞かれて何も答えられなかったから。
顛末を聞いた祥の苦笑が、少しだけ彼女と重なって目を伏せる。

「……あんなこと言わせたかったわけじゃないのに」
「んん……、ん゛〜……」

言葉を選んでるらしい祥にため息を隠した。彼女の次は友達を困らせてる。なんてダメな奴なんだろうか。
しばらく長考して、祥はようやく口を開いた。

「……なんというか……まあ、隼人がいい奴なのは嘘じゃねーと思うよ」
「でも、彼女のこと傷付けてるよ」
「いやまあそうなんですけど」

あっさり肯定して、ソファーに凭れながら首を傾けるのにぐっさりきた。

彼女とは隣の席で仲よくなって、それから告白してくれた。
誰かが俺を好きだって、人から伝わってきたりすることはあったけど、直接告白されたのは初めてだった。
顔を赤くして好きだと言ってくれたのが可愛くて、悲しませたくなくて、俺は初めて誰かの彼氏になった。

「まあ、あんま気にすんなよ。これからもっと合う人出てくるって」
「……祥から見て、俺たちってどう見えてたの?」
「えあー……それ聞く?」

ちょっと怖い。
でも祥はすごく人のことを見て、いつもいろいろと考えてる人だから、俺が一人で考えてるよりいい答えがもらえる気がした。

「聞きたい」
「……隼人ってホントに彼女のこと好きなんかな〜、とは……思ってた」

ーーまただ。

「……す、好きだったよ?」
「自信なしかよ」
「だって、好きなように見えなかったんでしょ……」
「お前モテるくせにとんちんかんだな……」

呆れた顔で「いいか?」と咳払いした祥が前のめりになる。

「本当に好きっていうのはな」
「うん」
「……その……何があってもこいつを守りたいとか、一緒にいたいとか……なんかこう、そういうことなんだよ」

急に恥ずかしがり始めた祥は、彼女のことをそう思ってるらしい。普段こんな風に言わないけど、俺から見ても祥は彼女のことをとても大切にしてる。

「ふふ」
「だーッ笑うな!……まあ、そんなん人それぞれかもしんねーけど。友達とか、親とか、そういう好きとか大事とかとはまた違うじゃん」

ーーそうなのかな。いや、言われてみれば確かにそうだけろうけど。
改めて考えるとなんか、

「……もしかして本物のとんちんかんか?」
「いや……待ってなんか、ちょっとよくわかんなくなってきた」
「わかれよ。話聞いてると今んとこ、たまたま告白してくれたのがアイツだったから付き合ってみた、みたいな感じだぞ」
「……え、いや……え?」

それって、つまり最低なんじゃないだろうか。

「…………」
「……え?」
「……お前はいい奴だけど、この件に関しては酷い奴だな……」

好きだと思ってた。
好きって言われて嬉しかったし、俺も好きだと思ってた。
でもそれが、確かに、彼女だけかと聞かれたらどうだろう。
祥は話をしてる時、たまに「お前のそういうとこ好きだわ」って言ってくれる。嬉しいし、俺も祥が好きだなって改めて思う。

もしかしてそれと変わらないのか。

「で……でも、」
「おっ反論か? 聞いてやる」
「…………その……恋人としかしないことは、したけど……」

小声。
こんなところでする話じゃなかったかもしれない。
ぽかんと口を開けた祥がいよいよ眉間に皺を寄せた。

「そ〜〜いうことじゃねえんだわ、このあんぽんたん」

こんなに罵られたことはかつてない。

「よくお前ら二年も付き合ってたな……」
「……うん」

彼女と、祥の言う通りだったんだろう。
友達の好きと、恋人の好きの違いも曖昧なまま、求められることに身を任せてた。思い返せば、俺から何かしたいと言ったことがあったかもよくわからない。
彼女が別れようと言わなかったら、俺はどうしていたんだろう。

「……まあ、隼人がアイツを好きだと思って一緒にいたのは、別に嘘じゃねーんだしさ。もっと一緒にいたら、もしかしたら本物になったのかもしれないけど、そんなのもうわかんねーじゃん」
「うん」

本物になったのかな。考えてみたら、全然想像がつかない。
でも、だからこそ、彼女は別れようと言ったんだろう。あんぽんたんの俺なんかより、ずっと聡明で優しい人だった。

「あーもう、そんな悲しい顔すんなよ! 俺はお前が好きだから! 友達として」
「ありがとう……俺も祥好き、友達として」
「おう」
「嫌なこと言わせてごめんね」
「あー……いや。もうさ、気にすんなよ。隼人って自分から告ったことねーんだろ」

そう笑って、炭酸が抜けてきたコーラを一口飲む。

「うん」
「これから誰か好きになったら、そん時わかるよ。本当はどんな気持ちになるのか」
「……あんぽんたんでも?」
「ぶッ、根に持つなよ」
「ふふ、……ありがとう」

ーー祥は、本当に好きになることがどんなことかもう知ってるんだ。いいなあ。
祥の心を覗けたら、少しはわかるのかもしれない。
でもきっと、自分で気が付かないと意味がないんだろう。

「もう次だ次。次はどんな恋にしますか、朝比奈氏」

茶化してエアマイクを向けてくる祥に笑う。
次はどんな恋と言われても、恋をしていなかったと気付いてしまった今、比べるものが何もない。
ーー人を好きになるって、どういうことなんだろう。
ひとまず、

「……本当に好きになった時、ちゃんと俺が好きだって信じてもらえるように頑張ります……」
「切ねえ……。けどまあ、もしかしたら一番大事かもな。信じられなくなったら終わりだし」

それはもう身をもって経験した。
こんな俺を好きになってくれた人から教えてもらったことを、無駄にしたらいけない。

× ×

それから少しして、ボランティアサークルに入ると交流の幅も広がった。
主な活動は地域のゴミ拾い。たまに足を伸ばして海岸まで行ったり、募金活動をしたり。
大学のサークルとなると飲み会も定期的にあったものの、参加は自由で、仲のいいメンバーとたまに顔を出すくらいだった。

「飲まないのー? 頼んだげるよ」

隣にいた友達がトイレに立つと、綺麗な先輩に声を掛けられた。
大学に入って以来やけに女の先輩から声を掛けられることが多くなって、祥には「確かに隼人は年上のほうがいいかも」と言われたことがある。

「ありがとうございます、でも未成年なので」
「あれ、そっか。落ち着いてるからうっかり飲めるかと」
「知ってるくせに白々しいわー」
「うっさい」

同級生っぽい男の先輩にからかわれて笑い返すと、先輩はそのまま隣に腰をおろした。

「やかましくてごめんね。名前なんだっけ、朝比奈くん?」
「はい」
「まだ話したことなかったよね。よろしくねー」

いろんな距離の詰め方がすごい。
コミュニケーション能力に感心してるうちにメッセージアカウントを交換してた。すごい。ちょっと怖い。
それから数ヵ月、名前を知って、先輩が四年生だと知って、他愛ない話をして、それだけ。


「びっくりするほど靡かないのなお前……」
「何が?」
「河井先輩。絶対好きじゃんあれ」

友達に言われて、自惚れではないんだと思った。そんな気はしてたから。
仲よくなって、先輩のことは好きだった。先輩が困っていたら助けるし、泣いていたら話も聞くし、喜んでいたら嬉しい気持ちになるだろう。でもそれは目の前の友達にしたって同じことだ。
例えば俺は先輩の一番になりたいのかって思うと、全然ぴんとこなかった。

×

「河井先輩卒業しちゃったな」

大学近くのラーメン屋さんで、夜ご飯を食べながら祥が言った。
先輩のことが自惚れではないとわかって、また傷付けるわけにいかないから、少し距離を取るように意識してた。それでも先輩は、卒業前にメッセージで告白してくれた。
気持ちは嬉しかったけどお断りして、それから連絡は来ていない。

「好みじゃなかったんか?」
「好みというか……もっと他に、先輩のこと幸せできる人がいるというか……俺は、先輩の一番になりたいわけじゃないなって思って」
「お、成長したな」

祥は俺のカウンセラーではないのに、こんな話を聞かせて申し訳ない。
ーー好きって難しい。曖昧で、この気持ちだっていうのがよくわからない。
でも、

「……本当に好きな人なら、きっと俺が幸せにしたいって思うよね。その人が一番幸せな時、いつも傍にいたいだろうし」

友達や先輩のように、俺の好きな人たちが、俺の知らないところでも幸せでいてくれるのは嬉しい。どうしたってずっと傍では見ていられないから、祈ることしかできない。
でも恋人や、夫婦が在るように、誰かの傍で生きていくことを選ぶなら、その人の幸せは人任せにしたくない。俺から離れてどこかに行ってしまって、その幸せを知らない人に任せておくなんてできない気がする。

「…………さらっとすごいこと言うなお前」

赤くなって箸を止める祥に、恥ずかしいことを言った気分になる。でも他に表現のしようがなかった。

「な……なんか変かな」
「いや変ではねーけど。俺が思ってたより独占欲の塊だった」
「かたまり……」

あんまりよくない気もするけど、それが俺なら仕方ない。

「隼人真面目だしなー……心配してねーけど、監禁とかはやめてな。インタビュー受けたくない」
「しないよ……」
「あはは! ごめんわかってるよ、そういう方向性じゃねーよな」

仕切り直すように祥が笑った。

「隼人が本当に好きになったその相手はさ、幸せになれるだろうなと思うよ。まあ一旦難しいこと忘れて、今は隼人が楽しいことしとけよ」
「……うん。ありがとう」
「今度ラビランでも行こうぜ、他の奴らも誘ってさ。たまには男だけってのも楽しいだろ、むさいけど」
「うん」


それから祥のアドバイス通り、大学生活は好きなことをして過ごした。
勉強の傍ら、友達とサークル活動をしたり遊びに行ったり、可愛いパン屋さんで初めてアルバイトしたり。
結局ずっと彼女はいなかったけど、友達の言う彼女がいないと人生楽しくない説は俺には当てはまらないのか、毎日楽しかった。

× ×

「就活〜! キッツ……」

おかげさまで常連になってきたラーメン屋さんで祥が項垂れる。

「何がキツいって、自分が何したいかよくわかんねーのがキツい」
「わかるよ」
「隼人はなんか勝手なイメージで福祉系とか行くのかと思ってたわ……もしくはラビラン……」
「ふふ、それもいいかも」

改めて見ると世の中には仕事や会社がびっくりする程あって、見れば見るほどいいなと思うし、したいことがわからなくなる。
選べること自体幸せだと思った。ずっと前からやりたいことが決まってる人はすごく立派だと思う。決まってなければそれはそれで、可能性もたくさんある。

「今度インテリア系の知り合いに話聞かせてもらうんだけど、祥も来る?」
「インテリアかー……大丈夫かな。サンキュ」
「ううん。祥は身体動かすほうが好きそう」
「あーそうなんだよなー。今やってるイベントスタッフのバイト、社員登用の話もあるから詳しく聞こうかと思ってんだ」
「あ、楽しいって言ってたよね」
「うん。まあ、考えてみりゃ最初っから一生続ける仕事就かなきゃいけないわけじゃねーしな。ご縁だご縁」

悩んでたわりにあっさり切ってラーメンを啜る祥に笑う。


知り合いから話を聞いたのはその二週間後だった。と言っても年が離れた幼なじみの近所のお兄さん(最近自分でおじさんと言う)で、家にお邪魔して寛いでただけだけど。

「給料はいいけど、まあそこそこに忙しい」

煙草をふかすお兄さん、もとい雄司(ゆうじ)さんの仕事に関する第一声はそれだった。タチカワ・フロンティアという、業界内では知名度のあるらしい、建築やインテリアに関わる会社に勤めている。

「インテリアっつっても、まあざっくり言って営業職だしな。商談して契約取って諸々手配して……隼人はどうだろうなあ営業。見た目も愛想もいいけど」
「向いてないかな」
「わからん。化ける奴もいるし。まあある程度の強かさは必要だな」
「強かさ?」
「しぶとさとか、抜け目なさとか。あとは相手をその気にさせるっつーこと。騙すわけじゃねえけど、その辺のこう……あるんだよ、上手くやるっつーのが! 営業的コミュニケーションだ、コミュニケーション」

早くも投げやりになってきた雄司さんに、昔野球を教えてもらった時のことを思い出す。やたらとドン、パン、ダッ! がいっぱいあった記憶がある。説明が苦手なのは変わってないらしい。

「そうなんだ」
「まあ向き不向きなんか、実際やってみねえとわかんねえもんだ。インテリアとか建築自体は興味あんだろ? 受けてみりゃいいじゃねえか。待遇も人も悪くねえよ」
「うん。考えてみる、ありがとう」

これがやりたいって明確な仕事はなくても、たくさんの人と関わる仕事がよかった。
いろんな人と関わって、いろんな人を知って、もっと優しい人間になりたかった。今の俺はあんぽんたんだから。

誰かを好きになった時、今度こそ伝えられるように、幸せにできるように、守れるように、強くて優しい人になりたい。





株式会社タチカワ・フロンティア。
春から勤めることになった会社の名前はまだどこかぼんやりしていた。
自分でもしっくり来ないまま面接に臨んでしまった一社目、二社目は見事にお祈りをいただいて、その後受けたタチカワから内定をもらい、なんとなく縁を感じてそのまま就職を決めた。
雄司さんが勤めるのは本社だけど、新入社員研修にも参加しないし、営業所に配属される俺とはあんまり関わることもないらしい。

「六花がいいなあ」

春休みに行われた本社での事前研修中、事務職の同期が言っているのを聞いたことがあった。

「どうして?」
「説明会の時、元々六花にいたって先輩に話聞いたの。すごい雰囲気よくて働きやすいって言ってた」
「そうなんだ」
「事務って場所によっては扱いよくないみたいなことも聞くし、ホント配属大事ー」
(六花かあ……ちょっと遠いかな)

でも確かに、せっかくなら働きやすいところがいい。
そして今さらだけど、物凄いグレーな営業とかしなくちゃいけなかったらどうしよう。できる気がしない。社員研修はあくまで社会人のマナーや会社の仕組みを学ぶところで、営業スキルを叩き込まれるわけでもない。本当のところは現場に出てみないとわからない。そもそも雄司さんに向いてなさそうって思われてたし。
ーーせめて、お手本になる先輩がいるようなところで働けたらいいんだけど。





「はあ〜……」

最後の本社研修も終わり、まだ見慣れないリビングのソファーに寝転んだ。行儀悪いけど、誰も見てないし。
携帯の画面をつけて、『配属先 六花営業所』と書かれたメールを眺める。

(……枠取っちゃった)

配属を望んでいた同期に心の中で謝る。
実家から電車でも車でも約二時間。通えない距離ではないけど、引っ越したほうが現実的だった。一人暮らしもしてみたかったからちょうどいい。

家を出ることには両親とも賛成で、ただ甘やかすのは変わらなかった。

「おかえり隼人、部屋探しといたわよー」
「え? ああ、ありがとう。自分でもちゃんと探してるよ」
「えっ、どんなところ? 防犯とかちゃんとしてるとこ? お父さんとも話したけど、やっぱり最初は会社も行きやすくて、ちゃんと綺麗なところがいいと思うんだけど」
「そこまでいいところじゃなくても。家賃も上がるでしょ」
「何言ってんの、家賃くらい出したげるから。好きなとこ選びなさいよ」
「でももう働くんだし……」
「いいの。そのうち親に頼りたくても頼れなくなる時が来るんだから。頼れるうちに頼るのも優しさよー」

少し寂しげにそんなことを言われると、そんな気がしてしまう。
父にも話すと笑われた。

「お母さん、隼人が出ていくの本当は寂しいんだよ」
「それはわかるんだけど……」
「ふふ。でも自立を応援したい気持ちもあるから、せめて支えてやれるところは支えたいんだって。家賃のことは、僕も賛成してるよ。慣れるまでは大変だし、心配事も増えるから。お金のことを考えなくていいだけでも気が楽になる。たまには甘えなさい」

母に同情を誘われて、父に柔らかく諭されて、それでも嫌だと言える程、俺は逞しくなかった。両親曰く反抗期はなかったらしいけど、思えばこれが最初で最後のちっぽけな反抗心だったのかもしれない。

そうして考えていた倍はグレードの高いマンションに引っ越してきて早二週間。
とはいえ、先週の土日で荷物を運び込んだだけで、寝泊まりするのは今日が初めてだった。リビングがあって、隣に寝室もあって、一人で使うには広すぎる気もする。落ち着いてきたら部屋の中もいろいろ模様替えしてみようかなと見渡して、もう一度携帯を見た。

(六花営業所)

ーーどんなところなんだろう。




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