夕暮れ時の高専前。朱に染まり始めた空を背に、校門の前で傑を待っていた。
そこに、「よっ」という軽い声が降ってくる。

「あ、悟」

振り返ると、そこには目立つ高身長と、不敵な笑みを隠さないサングラスの男が立っていた。任務帰りなのだろうか。

「傑待ち? あいつ少し遅れるって。時間つぶしにミスド行こうぜ」

断る間もなく、私は彼に連れ出された。
隣を歩く悟は、とにかく目を引く。道ゆく人が振り返り、視線が突き刺さる。
(こんなに綺麗な顔をしていて、彼女とか作らないのかな)
そんな、どこにでもいる女子高生のような思考が頭をよぎった。

山を下り、近くのミスドに到着し、悟は限定品を含むドーナツを3つ、私はドリンクだけを注文して席に着いた。
すると、彼は一口も食べないうちに、直球を投げてきた。

「で、傑のことどう思ってんの?」
「え、なに急に」
「いいから教えろよ」
「別に……ただの幼馴染だよ」

動揺を隠して答えた私に、悟は「へぇ」と意地悪く口角を上げる。

「夏休み返上して、東京まで会いに来る幼馴染ねぇ」

痛いところを突かれ、言葉が詰まる。
「東京が見たかっただけ」「地元は暇だから」用意していた言い訳を並べ立てる私を、悟はサングラスの隙間から覗く蒼い瞳で射抜いた。

「傑、前に唯のこと好きって言ってたけどな〜」

ドクン、と心臓が跳ねた。
顔に熱が集まり、思考が真っ白になる。傑が、私を……。もしそれが本当なら――。

けれど、すぐに冷ややかな現実が思考を追い越す。
本当なら、どうして私を置いていったの?夏休みに会いに来ようとしてくれなかったの?
そんな思いが胸を占めた。
私は飲んでいたドリンクを置いて、視線を机に向けたまま口を開く。

「私は、傑のこと、友達としか思ってないよ」

自分でも驚くほど、落ち着いた声だった。

「仮に好きでもさ、呪術師と非呪術師じゃ、住む世界が違うでしょ。ずっと一緒にはいられないじゃん」

そんな私の持論を聞いて悟はきょとんとした後、愉快そうに笑った。

「難しく考えすぎ。俺、御三家の当主だけど、別に相手が非術師でも気にしねーよ。……まあ、外野はうるせーけど」

やれやれと肩をすくめる彼を見て、呪術師の世界の不自由さと、それを笑い飛ばす彼の強さを知る。
そして、悟はドーナツを頬張りながら、トドメを刺した。

「あとさっきの話は、嘘な。傑が俺にそんなこと言うわけねーっての」
「……だよね」

落胆と、それ以上の安堵。
一瞬期待した自分が馬鹿らしくて、私は冷えたドリンクを飲み込んだ。
そう、これでいい。曖昧なまま、境界線を越えずにいられるのなら。

「でも、」
最後の一口を食べ終え、悟が立ち上がる。

「唯といる時の傑、めちゃくちゃ優しい顔してるけどな」

その言葉が、胸の奥にじんわりと熱を灯す。
その時だった。

「……何してるんだい、二人で」

低く、落ち着かない響きの声。
振り返れば、そこには任務を終えた傑が立っていた。私と悟が並んでいるのを見て、笑顔がわずかに引きつっている。

「おつかれ、傑。じゃ、俺はこれで」

嵐のように去っていく悟を見送り、残された私たちは、予定通り焼肉屋へと向かった。
最初はどこかぎこちなかった傑。けれど、網の上で肉が焼ける音と香りに包まれるうちに、いつもの穏やかな彼に戻っていく。

「唯、もっと食べれるだろう」
「もうお腹パンパン。あと全部食べて」
「いや、この量はさすがに……」
「大丈夫、大食漢の傑ならいけるよ!」

交わされるのは、ありふれた会話。
触れられそうで、決して触れない指先。
告白もしない。確かめもしない。
(このままで、いい……)
友達以上、恋人未満。
その曖昧で壊れそうな関係が、今は一番心地いい。

火影に照らされる彼の横顔を見つめながら、私は今日も、自分の心に鍵をかけ直す。
隣にいられる。ただそれだけのことが、今の私には唯一の救いだった。




さよなら日常



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