入れる予定のやつ

「――では、自己紹介から始めるということでよろしいでしょうか?」
「異議なーし!」

 少女の言葉にアケビは明るい声で返事をした。それに続くように、他の面々もそれぞれ返事をしていく。



 どうして自己紹介になったのか、その経緯は自然な流れでだった。
 全員で部屋の中を再度調べ直したものの、思うような成果は得られず、手詰まりの状態となっていたのがひとつ。
 もうひとつは、アケビ達の通う学校の校風によってクラスメイトとはいえ話したことのない相手が少なくなかったからだ。

 学校は、基本的に与えられた課題さえしていれば生徒に必要以上に干渉してくることはなかった。例えばグループ授業と銘打っていたとしても、実際は一人で行う生徒も少なくない。
 アケビは友人と一緒にしていたが、一人黙々とするクラスメイトの姿は見慣れたものであり、それをおかしいと思ったことはなかった。
 決められたことさえ守っていれば必要以上に干渉されない、困ったときは悩みを真摯に受け止めてくれる校風は、生徒達から評判が良かったのだ。

 しかしそれは、普段の生活の中での話だ。
 今現在、アケビ達は全く知らない部屋に拉致監禁されている。この異常事態に、協力しないという選択肢は残されていない。けれどここに居るのは友人でもなんでもないただのクラスメイト。お互いの名前さえ危ういような、ほとんど赤の他人のような相手だ。

 なら、まずは知るところから始めよう。十二人はその答えに辿り着いたのだった。

「でも、誰からするの?」
「ここは言い出しっぺからじゃない?」
「え?」
「がんばって」

 アケビの疑問に答えるように、色素の薄い少年が優しく肩を叩く。
 語尾にハートでもついていそうな後押しに負けたのは、アケビを介抱してくれた少女だった。
 少女は観念した様子で頷き、口を開いた。

「|涼木《すずき》ミヤコです。いつもは眼鏡をかけているので、普段と印象が異なるかもしれませんが……」

 そう言いながら取り出した眼鏡をかけた少女を見た瞬間、アケビのなかにずっとあった《《もや》》が吹き飛んだ。

(なぁんでわかんなかったのよ、あたし!?)

 眼鏡越しでもわかる、キリッとした、けれど植物のように穏やかな目。
 その瞳を確かに覚えていた。なのにそれでもなお気づかなかった自分のポンコツさに本気で頭を抱えたくなった。眼鏡の有無くらい、いつもならすぐに分かったはずだ。どうしてあんなに思い出せなかったのか。

「できれば、名前で呼んでもらえるとありがたいです。……こういう感じで、簡単なもので結構ですので」

 次お願いしますとミヤコが言ったのは、あの色素の薄い少年だ。
 頷いた少年は顔の半分以上を覆っていたマスクを下げ、口角を上げた。

「伊藤セイです。僕も名前で呼んでもらえると嬉しいです」

 ――うわあ、とんでもない美少女。
 隠されていた顔は、女子と見紛うほど可憐だった。アケビよりも小柄で華奢に見える体格も相まって、制服を着ていなければ男だと分からないほどだ。
 アケビはセイと話したことはない。知っていることといえば、マスクを常につけていることや、病気がちという話くらいだ。
 この『病気がち』という話は本当のようで、セイは登校してきても途中で帰ることが多く、自分から人と関わる姿を見たことがなかった。
 しかしミヤコと話す姿を見る限り、人見知りなどでは無いらしい。

 暇ができたら自分から話しかけてみよう、アケビは心の中で頷いた。

「じゃあ次、僕らが行こうかな」

 そう言って手を挙げたのは、砂糖菓子のような美貌の少年だった。

「梅ノ木|翼《ヨク》です。漢字のツバサと書いてヨクと読みます。僕もできれば名前呼び希望。これからよろしくね」
「橘|翔《カケル》。……呼び方はお好きにどうぞ」
「アッ、あっ、ああ、あのう、えっと、せ、拙者、八条蓮と申しまして……呼び方はお好きなように――ぅ、や、やっぱり「蓮くん」とかでお願いしたく!」

 一度見たら早々忘れられない甘い美貌を持つ梅ノ木、眼鏡越しでも童顔と血色の悪さが際立つ橘と、顔は整っているが発言から色々と隠せていない八条。
 これまで会話をしたことがほぼ無かったので気付かなかったが、いざ話す姿を見ると、いろいろな意味でどういう経緯で仲が良くなったのかとても気になる三人だ。アケビは梅ノ木の名前が判明したことで、これで名前が呼べると内心ホッとした。

 次は誰かと思っていると、「はいっ」という可憐な声が部屋の中に響いた。

「百合木|寧々《ネネ》でーすっ。ネネって呼んでね!」
「……|染森《ソメモリ》真広。呼び方は……真広で、いい」
「|香坂《コウサカ》ハナ。好きに呼んでくれて構わないわ」
「もーっ、二人共テンション低くなーい?」

 手を上げたまま、少女は笑顔で名乗りを上げた。
 小柄でツインテールのよく似合う百合木、それとは反対に背が高くガタイの良い染森に、涼やかな目元がクールでどこか色気の漂う香坂。
 梅ノ木達と同じく共通点の見えない三人は、彼らと違い、此処で目を覚ましてから仲良くなったらしい。二人の間で天真爛漫に笑う百合木は、仲良くなったばかりだとは思えないほどに馴染んでいた。

(うわぁ、あの子相当コミュ力高いじゃん)

 それぞれの自己紹介でなんとなく分かる個性が面白い。
 ほうほうと頷きながら、アケビは頭の中にそれぞれの特徴を頭の中でメモしていく。今回は女子だけではなく男子の方もだ。
 いい感じに緊張感ようなものも薄れ、大半が名乗った絶好のタイミング。そこでアケビも波に乗ることにした。

「吉井アケビでーす! あたしも名前呼び希望。ヨロシク!」

 明るく名乗り、すぐさま隣に座っている男子の腕を突く。
 驚いた様子でこちらを見た彼は笑いかけたアケビの意図を察したらしい。笑ったときに見えた八重歯が爽やかだった。

「安藤|爽介《ソウスケ》です。オレは隣のクラスで、偶然巻き込まれたクチです! 呼び方は何でもオッケー、気軽にソースケって呼んでくださーい」
「あ、青葉|和《ナゴミ》と言います。わたしも安藤くんと同じ、隣のクラスです。呼び方は、えっと……なんでもいいです……」
「桜庭|千樹《センジュ》。呼び名は任せます」

 アケビに続き名乗ったのは、明るい髪と笑顔が眩しい少年、安藤だ。
 安藤はアケビがしてくれたようにそっと隣に座る少女に自己紹介を促した。おどおどしつつも続いたのは、ゆるい三つ編みおさげで大人しそうな青葉と、アシンメトリーの髪が印象的な、梅ノ木とは違うタイプの美貌を持つ桜庭。
 アケビ達が名乗り終え、十二人の自己紹介は終わった。
 続いて始まったのは、全員でする質問大会だった。

 感嘆した様子で後ろ髪を掻く安藤に、梅ノ木が苦笑しつつ頷いた。
 安藤と青葉は、それぞれ用事があって来ていたところ、例の『光』を見て気を失い、此処で目覚めたという。
 別のクラスということで困惑した様子だったものの、気づけば安藤は元々クラスメイトだったのでは? と思ってしまうくらい溶け込んでいた。
 盛り上がる男性陣をよそに、アケビは気配をそっと殺しながら『ある人物』を観察していた。

「……ごめん、俺のせいで君を巻き込んでしまった」
「だ、大丈夫だよ。わたしは気にしてないから」

 視線の先に居たのは、青葉の隣に寄り添うように座る少年――桜庭だ。
 落ち込んだ様子の桜庭を、青葉が懸命に励ましている。その気心の知れた様子のやり取りに、いけないと思いつつも盗み見るのを止められない。

(だってあんな顔してるの見たことないし!)

 目覚めてからというもの、桜庭は彼女の隣を陣取って一度も離れようとしなかった。その姿はまるで恋人のそれで、付き合っていないのが不思議な程の距離の近さだった。
 桜庭千樹といえば、クラスきっての一匹狼であり、普段から表情もほとんど変わらない無表情。誰にも心を開かない孤高の男というイメージだった。
 そんな彼が辛そうに顔を歪ませ、ただ一人の少女に想いを向けている。
 ――これは間違いなく恋。
 |女子高生《おとめ》の恋愛センサーが遺憾無く発揮された瞬間である。

  ◇

 それにしても、とアケビは室内の様子を見渡しながら心の中で呟く。

 登校してきたときは、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。授業が始まるを待っていたはずが、気づけば大きな部屋に拉致監禁。まるで映画のワンシーンのようで、正直頭の中はまだ混乱している部分はある。
 だが、こんなことが起きなければこの場に居るクラスメイトのことを知ることは無かったとも思う。……そう考えると、今の状況もそう悪いものではないのかもしれないと思う自分が居たのが不思議だった。

「あの、皆さん。よろしいでしょうか?」

 部屋の空気が和やかなものになってきたところで、様子を見守っていたミヤコが立ち上がった。気づけば進行役に収まっていた彼女が声を上げたことで、全員の視線がミヤコへと集まる。

「まず、これからのことなのですが……」
「ミヤコ様、ここからはどうか|私《わたくし》めにお任せください」

 ――《《それ》》は突然現れた。

 どこからともなく聞こえてきた男の声。その声と共に、ミヤコの背後から真っ白な手がぬるりと浮かび上がった。活気づき始めていた部屋の空気が一気に凍りつく。「ヒッ」という押し殺した悲鳴が、《《それ》》は異常なのだと訴えていた。
 その手はするりするりとどこかいやらしげな手付きで、ミヤコの肩から頬を撫で上げた。

「嗚呼――お待たせして申し訳ありませんでした」

 固まったミヤコの耳元で、囁くようにそう言った人物――密室であるはずの部屋の中に、居るはずのない『十三人目』が、影から浮き出るように姿を現した。

 『十三人目』は、背丈の高い男であった。
 青白くすら思える白い肌に若草色の髪と蜂蜜色の瞳を持つその男は、右目に|片眼鏡《モノクル》を掛けていた。白のローブの下には長身痩躯が隠されており、ローブの留め具の赤い石のブローチが輝いている。顔立ちは日本人とは明らかに異なる、彫りの深い整った顔だ。

「あ……あなた……は、一体……」

 懸命に声を絞り出したミヤコが男に問う。
 無防備な少女の背後から突如として現れた男は、その言葉に貼り付けたような笑みを顔に浮かべ

「嗚呼ッ……! 皆様無事にご覚醒なされたようで|私《わたくし》大変安心いたしました! 恥ずかしくもタイミングを逃してしまい正直いつ出ていこうか迷っていたのですが、さすがはミヤコ様。一番に目を覚まして室内の探索を始めた時点で思っていましたが随分と統率力に長けておられるようで、次にお目覚めになられたヨク様と共に他の皆様のメンタルケアまで手厚く行われるその手腕、ぜひ私めにもご教授頂きたく――」
「なっっっがいわ!」

 アケビのツッコミに、男はきょとんとした顔で喋るのを止めた。
 寒暖差で風邪を引きそうだった。どこで息継ぎしているのか分からないノンストップの語り口に飲まれかけたがそれどころではない。この男の登場で部屋は静まり返り、急なホラー演出に悲鳴まで上がったのだ。

「あんた誰? どちら様? ワット・ユア・ネーム!?」

 アケビは立ち上がり、急いでミヤコに近寄って自分の背に隠した。
 さり気なく触れた彼女の手は冷えていて、顔色も青くなっていた。誰だって突然あんなホラー体験をしたらそうなってしまうだろう。ひりつく空気の中、男だけがただ異様だった。

 男はあからさまに警戒されているにもかかわらず、「これは失礼いたしました」と悪びれる様子もない笑顔である。

「では、私も僭越ながら自己紹介させていただかねばなりませんね」

 そう言って男は胸に手を当て、恭しく一礼した。

「私はバロン。このエンプティス王国の宮廷魔術師をさせて頂いております」


ラスト辺り

「帰還後のことは頼みますよ――蓮(れん)くん!」
「ええ〜? 某ですかぁ?」
「当たり前でしょう、だって君、最初から全部知ってたんだから(・・・・・・・・・・・・・・)!」

「あと正直キャラがブレ過ぎです」
「統一性を持たせなよ統一性を」
 陰キャ系のキモオタで行きたいのかござる系忍者で行きたいのかわかんないんだよ、と最後の最後で辛辣なツッコミが響く。
「キャラ設定一回細かく書き出しとくのオススメだゾ☆」
「エ〜〜〜〜ン三人ともちょっと自分に対して辛辣すぎでは!?」
「とにかく!」
 ミヤコは叫ぶ。風の音でかき消されることの無いように。
「あなただけが頼りなんです――お願いします、皆を!」

「――ああ、承った!」

 いずれ、また未来で。
 その言葉を遺して、異世界への扉は閉ざされたのだった。


ALICE+