きりんじ

人工麒麟児は恋の味を知るか?

「楽園は踊りだす」「ハーフエルフは愉快げに喉を鳴らした」「自動人形は彼女の手を取りたい」「メサイアはずっとみている」「人工麒麟児は恋の味を知った?」

「わたし」=年齢は二十歳くらい。田舎で【保護】されて暮らしていたが、独り立ちのため求職していたところ、偶然見つけた住み込みの仕事をすることに。出来の良い家族に囲まれ、どこにも行けない弱い自分にコンプレックスを抱えていた。
「博士」=人工島を管理するハーフエルフの青年。ハーフとはいえエルフの血統で、年齢もとうに百を超えている。助手の自動人形(エリス)とは良い仕事仲間。
「エリス」=自動人形の少年。「わたし」とともに働く。機械的な思考だが、割り切れず苦悩する「わたし」を妹のように思っている? ――らしい。
「■■」=人工麒麟児。ガワは脳死判定された青年のものを引き取り使用した。肉体はさまざまな改造が施され、機能は人間のものとは大きくかけ離れている。基本的に眠っており、目覚めることはない。
「AI」=「わたし」のサポートをしてくれるAI。博士に渡されたもので、朝のアラームから就寝時の子守唄までサポートしてくれる。名称は「メサイア」
用語
隣界(りんかい):2010年代に存在が知られた異世界。そこから流出してきた幻想種の多くはこの世界に居を構え、人間社会は大きく変貌した。
かつてファンタジーとされた異世界は現実となり、かつてノンフィクションだった現実は今やファンタジーとなった。
転換期:人類の母数が大きく減り、隣界と世界が繋がったばかりの頃。移住者である人型の幻想種が友好的だったことや大きく科学の発展を助長してくれたこともあって異種婚が増え、純粋な人間(ヒューマン)は今や絶滅危惧種とされている。
 人間は抵抗手段として核を使おうとしたが、「科学」そのものを「魔法」が無効化したため、人類に抵抗する術はほぼなかった。
 「門」が現れた国のひとつである日本でも同様であったが、日本に降り立った幻想種の特性上当時の政治家達が再起不能となり、恐怖から逃亡する官僚に政治は崩壊。
 もはやこれまでかとされた際、ひとりの民間人が手を挙げ対話を成立させた。
 その人間――後に歴代初の女性首相となる女性の精神によって「門」は無事繋がれ、日本は世界でいち早く異界融和国に変貌する。
 この恩恵は計り知れず、国内では幻想種に対し基本的に友好的。しかし現代において「絶滅危惧種」とされてる純血のヒューマンは幻創種と関わるのをあまり良しとせず、地方の集落で静かに暮らしている。
 「わたし」は純血のヒューマンで、田舎で親と「保護」されて暮らしていた。
 上の兄弟は優秀だったが自分は凡庸であることにコンプレックスを抱えており、親もそれを隠すように娘を家に置いていた。
 田舎では家に若者がひとりでも居ると支援金が渡されることを知った「わたし」は、親が自分のことをただの金蔓と思っていることを知り、独り立ちを決意。
 幻想種と人間が手を取り合いその叡智を凝縮した人工島――「方舟」に奉公に出た。
 人工島に常駐するのは「わたし」を除いて数人で、それ以外はAIやロボット。
 ハーフエルフ、自動人形(オートマタ)、人間(ヒューマン)。ときどき人工麒麟児。



第一幕:楽園は高らかにファンファーレを鳴らす

「じゃあ降りようか」

 ついておいでと言って先に車から降りた先生の後を追い、わたしも車から降りる。ふかふかの座席は故郷の年季の入ったものとは違ってお尻が痛むことは無かった。
 ーー青空だ。
 雲ひとつもない晴天がわたしを迎え入れるかのように思える。
 わたしは今、とてつもなく興奮していた。
 新天地、夢にまで見たわたしの新しい居場所ーーになってくれたらいいなと思う場所。そこへの入口がすぐ目の前にあるのだから。
青、青、青。一面の青色がわたしを迎え入れる。

「わぁ……!」
「君は海を見るのは初めてだったかな?」
「は、はい! わたしの居住区は内陸部の方だったので。これが『海』……!」
「そうだよ。そしてあの島が――」

 歓声を上げたわたしに微笑んだ先生は、目の前――何キロメートルも離れた海の先に浮かんでいる大きな物体(・・)を指差した。

「ハコブネ島(じま)。君が今日から働く職場でもあり、住むところでもある」
「あれが……」

 わたしが物体と称したそれがくだんの島だったらしい。だが残念なことに肉眼ではぼやけて全体が見えない。わたしは端末(デバイス)を起動して、視界の拡大機能をオンにする。数秒ほど待ち、瞳に鮮明に映し出された「島」は、わたしの想像を遥かに超えたものだった。

「うわっ」

 ――ハコブネ島は、巨大な鳥籠のような形をしていた。
 裸眼でぼんやりと見えていたシルエットからドーム状のなにか(・・・)が建っているとは思っていたが、それは島の中心部だったようだ。縦長のシルエットの建物は、温室のように透明なもので作られていた。
 わたしが驚いたのは、中心部の建物の周りに存在しているものだ。
 島は中心の大きな鳥籠型の温室を中心に、周りに六つほどの小さなドーム状の温室が囲むように作られていた。
 細部まで詳しく見えているわけではないが、端末(デバイス)の識別機能で判明したぶんだけで数種類の家畜や穀物などの農作物が確認された。

「これは……すごい、森もあるのかな? でも、ハコブネ島は……」
「うん。知っての通りあの島は人工島。だけど人が住む以上、最低限の営みは島内で完結できるようになっている。自然を人工的に再現して、ご覧の通り、農業や畜産もあの島内で完結できるようになっている」
「じゃあ、島の外に出なくても生活は成り立つんですね」
「そうなるね」



【ようこそ、箱庭へ。本日はどのようなご用件でしょうか?】
「あ、あの! わ、わたし、本日からこちらに勤務する者なのですが、島の出入り口はここだと伺ったのですが」
【新規の使用人の方ですね。かしこまりました。こちらのモニターに個人用認証カードと登録証をお見せください】
「はっ、はい!」

 わたしは事前に送られてきた登録書と個人認証カードをカメラに見えるように掲げる。
 認証カードとはすべての国民が生まれた瞬間から与えられる、この世に一つしかない個人認証用のカードのことだ。「転換期」まではこういった身分証明などに使うカードは複数あったらしいが、現在は完全にこのカード一枚でなんでもできる。
 カードはランダムに設定された認証コードが記載されていて、これが身元を証明する唯一の手段となる。生まれてすぐ病院で網膜などの情報をカードに登録し、登録された情報は国のデータベースにすべて保管されるのだ。
 それらを統括するのが、国所有の人工頭脳だ。





 この島は人工的に作られた人造島である。各種族の叡智が結集されて完成したと云われている、らしい。らしいというのは、わたしは田舎の出身で都会の事情にあまり詳しくないからだ。この話だって、ここで働き始めてから聞いたことで、わたしは自分の無知さにその度恥ずかしくなってばかりの日々だ。


「は、はじめまして! 本日よりお世話係に就任しました、名前は――」
「ああ、大丈夫大丈夫。この島、名前じゃなくて役職で呼ぶんだよ」

エルフの青年が微笑んだ。彼は着ている白衣をひらひらと揺らしながら、「俺のことは博士と呼んでね」とウインクする。その隣に立っていたのは、まだ小さな子どもだった。

「はじめまして。ボクはエリス。自動人形(オートマタ)です」
「オートマタ……って、あの?」
「そうそう。基本この島には君以外だと生き物は俺とコイツだけ。この島は最低限の生物しか配置されないようになってるんだよ」
「あの……エリスさんは、名前で呼んでも大丈夫なんですか?」
「ボクは暫定的に生物にカウントされていますが、もとは人形ですので。それに自動人形は役職が多岐にわたるため、個体名で呼ぶのを推奨されています」
「な、るほど」
 とりあえず頷いておく。自動人形さんたちは名前で呼ぶべし。大丈夫、覚えた。


温室の中、大きなベッドにぽつんと横たわっている男の人がいた。


「ガワは脳死判定された人間(ヒューマン)のもの、ンで脳味噌をちょちょいっと改造して生まれたのが、コレだよ」
 博士は笑顔で男の人を指差す。
「この人は……」
「人じゃあないぜ、お嬢ちゃん」
 博士は首を振って、困ったように眉を下げる。
「コレは物(モノ)なんだよ。見た目が人間だからそう思う気持ちは分かるが――ここで働き続けたいなら、分別はちゃんとしなきゃなんねえ」
「……はい」

 そうだ。わたしは働きにきたのだ。
 ついつい忘れてしまいそうになるけれど、博士の言葉はわたしのポヤポヤした頭に水をぶっかけて冷やしてくれるのでありがたい。自分がどれだけ世間知らずだったのかと思い知らされる。恥ずかしくてお腹がきゅうきゅうと痛くなるけど、これくらい我慢しないと。
 わたしはこの島で働くんだ。お金のために、一人で生きていくために。


「麒麟児の肉体? アレは二〇一〇年代のだったはずだぞ。ちょうど「転換期」の――紅(くれない)の女帝が現れる前くらいに事故かなんかで……」
「紅の女帝って、あの? この国初の女性首相の?」
「あー、そっかそっか。お嬢ちゃんたちの年代でも教わってんのか」
「そうですね、一応。田舎でしたけど、学校で歴史の授業はありましたから」

 「転換期」を迎え、人類の歴史はほぼほぼ塗り替えられた。
 旧来の――「転換期」以前の歴史はそれまでの人類の進化の過程を書いたものとして図書館でも観覧できるが、授業で受ける「歴史」はそれとは別モノだ。
 人類にとっては長く、けれど幻創種にとっては瞬きのような時間の流れは、歴史の教科書の中身をすべて移し替えてしまうのに十分だった。
 つまり、今の歴史の教科書で教わるのは「転換期」の後――新時代の始まりからなのだ。

「転換期以前の話なんて、もうファンタジーみたいなものです」
「ハハハッ、そうかそうか! ――お嬢ちゃんたちの年代はもう『転換期』の前(あのころ)は非現実(ファンタジー)なんだな。感慨深いねぇ」
「博士は『転換期』頃のお生まれなんですか? でもその頃って、まだ幻創種は……」



【――おはようございます。今日の天気は晴天。気温は平均十八度。上着の必要ない一日になるでしょう】
「おはようございます……いつもありがとございます……」
【感謝は不要です。これがワタシの仕事ですので】
「それでも、いつも助かってるから……」

 ワタシの一日は、彼女に起床を促すことから始まる。
 半分夢うつつの彼女と会話をしながら、ワタシはデータベースから必要とされる情報をモニターに表示していく。
 寝間着を脱ぎ捨て仕事着に着替える彼女を横目に、ワタシは今日の彼女のスケジュールを確認する。
 彼女がこの島に来て数ヶ月。世話役として一日のルーティンワークにも慣れてきたようだが、まだまだ細かな部分でうっかりミスをしてしまうことがある。主に鳥籠の住人の世話が仕事とはいえ、成人男性の介助を一日かけてこなすのだ。疲労も溜まることだろう。
 

「博士――彼女は、永くこの島に留まってくれるでしょうか」
「どうだろなー。まあ、地元には帰りたくなさそうだし、早々心が折れることもねーだろ。なんせ手厚い(・・・)サポート付きだし」
「――何を思って、『アレ』を彼女に?」
「お互いに必要だろうという年長者の心遣いってヤツ?」
「笑止千万ですね。片腹に異常を検知しました、メンテナンスを所望します」
「エリス、俺に対して容赦しても良いんだぜ? あのコにしてるみてえに」
「拒否します。そもそも、博士と彼女では根の精神構造から違います。彼女には定期的な精神のメンテナンス(メンタルケア)が必要ですが、博士にはそれは必要のないものです。なぜなら、博士は自身でメンテナンスができるからです」
「アッハッハ! 否定はしねぇが、なあ――エリス」
 ニヤァ、と博士が愉快そうにわらう。
「お前さん、あの嬢ちゃんがスキなんだろ」


 ハコブネ島(じま)――人類と幻創種が手を取り合って作った人工島。『ハコブネ島は世界の叡智と技術が集約されている』とまで囁かれる謎に満ちた島。海上に作られたその島が陸地へと道を繋げるのは一週間に一度。広大な面積を誇るハコブネ島では、衣食住のすべてが島内で完結できるように設計されている。
 食事は
 娯楽類はネットショッピングで済ませることができるし、発電所からインターネット回線まで基本設備に組み込まれているので、何も知らない人間が思うよりもこの島は現代的な生活が擁立されている。


自動人形(オートマタ)とは、文字通り自力で動くことの出来る、ヒトとよく似た人形のことをいう。
エリスもその一人だ。厳密には一体だが、便宜上一人とされているので一人なのだ。
彼はかつて――「転換期」が訪れる以前、まだ魔法やヒト以外の種族が空想の存在であるとされていた頃に生まれたドールだった。かれこれ一世紀以上前の話である。
伽藍堂の人形を自動人形へ生まれ変わらせることは容易い。特にエルフは自然との相性が良く、モノへ生命の息吹を与えるのが得意だった。
博士と呼ばれる彼もまた、半分とはいえエルフの血を継ぐ存在である。故に、自動人形を生み出すのは簡単なことであった。

夜明け前の底冷えした静けさ、朝焼けの眩さと、延々と続く蒼穹。自動人形はうつくしいものをこれでもかと伽藍堂の人形へ埋め込んで、そして初めて「目を覚ます」。自我の芽生えと共に、置物でしかなかった人形は己の足で地面を蹴ることを覚え、自然の中を駆け回る。
慣らしと呼ばれるそれを経て、埋め込まれた知識を基に自動人形は動き出す。

自動人形の持つ思考はヒトと限りなく近く、そして喜怒哀楽も存在する。
ありえない話では無いのだ。ただ朽ちるのを待つだけだった人形が力を得て、自我の萌芽と共に情念を得る。――異なる性の、異なる種へ性愛を抱くのもまた、それなりに聞かれる話なのだ。
博士の知る限り、自動人形と人間が婚姻した例は少数だが存在している。どの自動人形も常軌を逸脱した執念で伴侶を取り込み、死してなお魂は解放されず、仕立てた「器」に取り込むことで伴侶は二度目の生を、自動人形として、蘇る。それが伴侶となった者の幸福であるかどうかは分かるまい。愛など、どこまでもエゴでしかないのだから。

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