デスクに頬杖をついたジークは、目の前の赤服の兵士を感情の読み取れない表情で見つめていた。
「ねぇ…」
本日付けで正式にエアリス隊に配属となった新人パイロット―フィーネ・ハゼットは、何も言わない新たな上官に、気まずそうに視線を泳がせた。
「…なにか、言ってよ」
ジークはそれでも何も言わず、デスクの上に置いた書類に目を落とした。
司令部から受け取った辞令書を見ていたかと思うと、次にその黒い眼はデスクトップを向いて何かを考え込む。
彼が睨むそこに何が表示されているのか、フィーネの立つ場所からは分からない。
「ねぇってば…」
「みじけぇ…」
「え?」
「スカートが、短え」
「はぁ?」
やっと自分に反応を示した彼が発した言葉に、フィーネは間の抜けた声をあげた。
「そんなんで外歩かせられるか。今からでもクロエに言ってスラックスに変えてもらえ」
「ほら、行ってこい」と手で追い払う仕草をみせるジークに、フィーネは頬を膨らませた。
「あの子と同じよ?」
「いや、アーシェより5センチは短いだろ。それ」
「そんなこと無いわ。それに、前のとこよりずっと露出は少ない」
地球軍にいた頃の軍服は独自にアレンジされて袖無しだった。胸元を開けたデザインとは違って、今は立襟までしっかり留めてある。スカートの丈は、それこそ以前の方が5センチは短かっただろう。
「あのピンクは下品なんだよ」
ザフトの軍服を着た自分は、彼の望んだ姿ではないのか?
もっと他に言うことがあるだろうに。何故いきなり喧嘩腰なのか…
前にザフト兵の姿で会ったときはもっと褒めてくれたのに。
――この男、釣った魚には餌をやらないタイプか?
理不尽な言い分を繰り返すジークに苛立ったフィーネは、勢いに任せて言い返す。
「そうね、エアリスのご子息から見たら下品でしょうよ。私の場合あれは“脱がせやすさ”で考えられてましたから!」
瞬間、その場の空気が凍りついた。
フィーネはハッとして口を噤んだ。
彼の前でいちばんしてはいけない話だった。
気まずそうにジークの顔を伺うと、彼の眉間の皺はさらに深くなった。
「ごめんなさい」と思わず後退りした。変えようのない経歴だが、改めて自分で口にすると惨めさがこみ上げてくる。
「いや…今のは、完全に俺が悪い」
「すまない」と、ジークは嘆息しながら立ち上がった。
「フィーネ」
骨ばった大きな手がフィーネの髪を撫でた。
「ここまで連れてきておいて今さらだが…もし、お前がザフトで戦いたくないというなら、それでもいいんだからな。違うかたちを探してやる」
「無理はしなくていい」と言う彼に、フィーネは目を丸くした。
「ほんと今更ね…それ、アーシェ相手でも言ってた?」
顔を覗き込むと彼は苦い表情を浮かべて視線を逸した。
「私の性能を活かすことが出来るって、自信満々に言っていた狼さんは何処に行ったの?」
今日の狼さんは何かがおかしい。
何かに苛立って焦って…どうも落ち着かない様子だ。
今朝、自身の副官を連れて部下の墓参りに行ってきたからだろうか。詳細は分からないが、彼が地球に降りている間に“フリーダム”の攻撃によってディオニソスのクルーが死んだと、アーシェから聞いていた。
彼のことだ。また自分だけで背負い込んでるのではないか。
フィーネは徐に手を伸ばし彼の右頬に触れた。右目の端に付いた傷跡を愛おしそうに眺めて、彼を宥めるように穏やかな口調で語りかける。
「生憎、私はただ守られてる生活に幸せを感じるような可愛い女じゃないの。“戦争”してる方がずっと幸せ。飼い殺しなんていや」
「フィーネ…」
「私には君たちみたいに戦う“正義”は無いけどね。それでも、君が大事にしているここを守る手伝いくらいは出来るわ」
コーディネーターが嫌いなのは変わらない。金色の砂時計の襟章を付けて戦うなど虫唾がはしる。
だが、プラントの為ではなく愛した人の“正義”のもとで戦うんだと、必死に言い聞かせてやれば拒否反応を示すこの身体をコントロール出来そうな気がした。
困ったように下げられた両の眉尻に触れて、無理やり上げてみる。同時に眉間に刻まれた皺を確認して「うん」と満足げに頷いた。
「ほら、狼さんはこの角度の方が凛々しくてカッコいい」
「こっちの方が好き」と笑いかけた途端、フィーネの身体はふわりと大好きな匂いに包まれた。
微かに甘い、バニラとタバコの匂い…
「…ジーク?」
「少しだけ…こうさせろ」
覆いかぶさるようにフィーネを抱き寄せた彼は、肩に顔を埋めて小さく言った。
「…1分。すぐにいつもの俺に戻る」
「1分だけでいいの?」
「…3分」
ふふっとフィーネは笑う。
「3分だけか…さみしいな」
そう言って抱きしめ返すと、ジークの身体が微かに動いた。
「…煽るなよ。これでも“狼さん”はいろいろ我慢してんだ」
――我慢しなくていいのに
伝わってくる温もりに、フィーネはもどかしい思いがした。
もっと触れて欲しいし、名を呼んで欲しい。
長年すれ違ってきた想いがようやく通ったというのに、あれから2人は何処かぎこちなかった。唇を重ねることはおろか、触れることにも躊躇する。
まだ敵同士だったときの方が素直に求められていたような気がした。
こんなに近くに居るのに、別れの時間を気にすることも、人目から隠れることもしなくていいはずなのに…
互いの存在がこれまで以上に儚い壊れ物のように感じて怖い。やっと手に入れたこの環境が、刹那の夢の中の出来事のように思えて不安になる。

『獣が交わったところで生まれるのは不幸だけだ』

不意に過ぎった男の声に、フィーネは人知れず眉を顰めた。
自分を抱きしめる愛しい人の肩越しに、あの仮面の男の幻影が見えた。

――うるさい

フィーネはそれを睨みつけて胸の内で吐き捨てる。

――私たちは、あんたの物語の中では踊らない




フィーネを下がらせた隊長室で、ジークは再びデスクトップを睨んでいた。
司令部から送られてきたメール…配備を要求していた“量産機”の進捗を尋ねたジークへの返答は、予想打にしないものだった。
添付されたファイルを開くと、2機のモビルスーツが映し出された。
「何だよ…これは…」
じりじりと胸に食い込む苛立ちと憤りに、ジークは握った拳をデスクに叩きつけた。
機体の型式番号は「ZGMF-70S」
つい最近ザフトのエースパイロット2人に与えられた“デスティニー”、“レジェンド”の同系機だ。
銀色に輝くその姿は、ヘブンズベースで大破し廃棄されたはずの“フリッグ・スキャルブ”そのもの…
2機で対になるようにデザインされた機体には、動力として特定の“部品”がそれぞれに指定されていた。
その“部品”の名に、ジークは喉の奥から忌々しげに呻き声を漏らす。

――エアリス隊、アーシェ・ヘインズ

そして…

――フィーネ・ハゼット