燃える女子高生


 名前が自分からテレビを見ることはほとんどない。テレビは専ら降谷零の持ち物で、ニュース番組や彼に勧められた映像作品を見るのが名前の常であった。

「あれ、今日名前が好きそうなのやってたっけ?」

 だからいそいそとテレビの電源を入れる名前に、零は首を傾げた。
 時刻は夜の九時を回る頃。この時間帯ならば選択肢はニュースか映画かドラマか……まぁそのあたりである。そしてその中に名前が好んで見ているものはない。
 そう、降谷零の疑問は尤もだった。ーーかつての名前だったならば。

「この後園子が見るって言ってた映画が始まるの」

 名前は言葉を弾ませ、ソファに座り直した。
 別に映画が楽しみなわけではない。大事なのは園子ーー名前を友と認めてくれた彼女と同じ時間を共有するということだ。
 以前から園子たちのことは好ましく思っていた。それに変わりはない。ただ今はーー恋をして、それが叶った今は、より一層彼女たちのことが好きになった。我が事のように名前の恋を祝福してくれた彼女たちのことが。その優しさもまた尊いものだと名前は思うようになった。
 たとえ今の関係が仮初めだとしても。それでもーーいや、だからこそ、この一瞬一瞬を大切にしたかった。彼女たちと思いを重ねられる大事な時を無駄にしたくはなかった。
 これは名前の我儘だ。血に汚れた自分が彼女たちに相応しくないのは自覚している。それでも隣にいるからにはせめて綺麗でいたかった。彼女たちには綺麗な思い出だけ残してほしかった。

「……そっか」

 それを感じ取ったのか。
 零は名前の頭にぽんと手を乗せた。その目に優しさだけを滲ませて。

「どんな映画だって?」

「さぁ……園子もよく知らないみたい。でも今ノッてる俳優が出てるって」

 そこでちょうどCMが切り替わり、映画タイトルが画面に表示される。
 とはいってもその手の流行に疎い名前にはピンとこない。おまけに来日前に公開が終了した作品だ。若い女の子が主人公なんだなというのが画面から読み取れる最大の情報だった。

「あぁ、これなら聞いたことある。女子高生バンドが大会優勝を目指す話じゃなかったかな」

 けれど零は違う。当時は喫茶店店員などしていなかったろうに、彼は若者向けの映画作品にまで精通していた。名前にはもう、呆れとも尊敬ともいえぬ声しか出せない。

「確かライバルグループも出てきて……後は仲間の友情とか家族との関係とか進路とか恋とか、そんなのを解決していく話だよ」

「ちょっと、そういうのネタバレって言うんでしょ」

 なんで開始数分でそういうことを言ってしまうのか。まだ主人公が仲間集めに奔走しているところだというのに。
 抗議のため、おしゃべりな同居人の腕をつまむ。が、彼の体は生憎と強靭にできていた。

「ごめんごめん」

 笑う彼はちっとも痛そうじゃない。まぁ名前も本気でやってやしないのだが。

「もう……、これ以上のおしゃべりは禁止だからね」

「わかってる。悪かったよ」

 釘を刺し、名前は画面に集中した。
 映画に期待しているわけではない。ただ園子が好きになるものを名前もまた好きになれたら素敵だ。そう思いながら見ていただけで、結果として零の言葉通りに話が進もうと別に構いやしないのだが。

「……なんとなくあなたの表情で展開が読めちゃうのが、」

 結局、おしゃべりな彼の口を封じても意味はなかった。展開を知っている彼の些細な表情の変化で、名前には物語がどちらに転ぶか察しがついてしまったからだ。だからつまらなくはなかったのだけれど、意外性に欠けた。
 溜め息を吐く名前だったけれど、その隣で零はなんだか愉快そうな顔をして名前を見ていた。

「……どうしたの?」

「いや、」

 笑みこぼす彼は勿体ぶって真実を話そうとしない。こういうのは探偵の悪い癖だ。名前は常々そう思っていたから、口を尖らせた。
 そんな名前の前に指を一本立て、「ひとつ言えることがあるとするなら、」と零はゆっくりと言った。

「たぶん明日、面倒なことになると思うよ。きっと、名前にとってはね」

「面倒なこと……」

 明日は平日、つまり登校日である。一日のほとんどを学校で過ごすのだから、そこに関係のあることだろう。
 学校といえば授業。確かに明日は苦手科目の古文があるが、試験はまだ先だから眠くなっても問題はない……はず。それに授業には映画と関係のあるものはない。
 となればやはりきっかけは園子にあるのだろう。この映画と学校、そのどちらにも関わりがあるのは彼女だけなのだから。
 しかしそれだけでは答えに辿り着けない。そもそも名前は探偵でも警察でもないのだ。頭を使うのは性に合わない。

「……どんな面倒でもジンとバディを組むより悪いことなんてないでしょ」

「それは比較対象が悪すぎだよ」

 零は笑った。笑いながら、「でもまぁ、」と言葉を続ける。

「それよりも面倒かもしれないな。名前の心情的には」

 この時の名前には意味深な彼の発言が理解できなかった。
 だが日付が変わり、学校が終わった後。帰りに寄り道をしようということで喫茶ポアロに立ち寄った時だった。

「バンドだよバンド!!ウチら四人で女子高生バンドやろ!!」

 園子がそう言い出したことで、ようやく名前にもわかった。彼の言っていた面倒がこれを指していたのだと。
 けれどそれがわかってももうどうしようもない。少女のきらきらとした眼差しは名前には眩しく、それを曇らせることの難しさを考え……名前は内心汗を流した。
 ーーこれはなかなかの難題だ、と。