ジョルノ√【依存end】


5部主人公が『ジョルノルート』かつ『依存エンド』を迎えていたら。
主人公もジョルノも病んでます。
原作終了後設定。





 アバッキオが死に、ナランチャが死に、ブチャラティが死んだ。それでも名前は平静を保っていた。少なくとも、傍目には。ぼくにはそのように見えて、少し意外に思った。
 しかしそれが見当違いだと後に思い知らされる。亀のポルナレフ、その言葉によって。

「あれは不味いな……」

「まぁ確かに働きすぎではありますね、体を壊さないか心配になるのもわかります」

「いや、……」

 それだけならいいんだがな、とポルナレフは言った。それはどこか意味深な響きをしていた。含みがあったと、ぼくは気づいていた。気づいていたけれど、気に留めなかった。今必要なのはーー優先すべきなのはこの組織のこと、この街のことだったから。
 だからぼくは大切な仲間が壊れていくのを見過ごしてしまった。
 名前はよく働いた。朝な夕な、どころか、ぼくは彼女が眠っているのを見たことがない。彼女はボスとなったぼくの警護から厄介な敵スタンド使いの始末まで、あらゆる分野で力を振るった。そうするのが当たり前だという顔で。彼女は働き続けた。

「ちゃんと眠れてますか?」

 そう聞いたのはいつのことか。恐らくはポルナレフの指摘があってからだろう。仕事の報告に来た。それだけの彼女に、すぐに新たな仕事に取りかかろうとする彼女に、ぼくは然り気無く訊ねた。
 名前は一瞬目を丸くした。そうすると途端にその容貌が幼くなる。ぼくよりも歳上なのに、彼女はいつだって純粋な少女のようだった。
 そんな彼女は、ぼくが風のようだと表した時そのままの笑みを浮かべた。

「……大丈夫よ、私はへいき」

 微笑はあたたかだった。出会ったときと変わらない日溜まり。
 だのに何故だか違和感を覚えた。ひやりとしたものが背筋を伝った。
 それは予感だったのかもしれない。坂を転がり落ちる石。奈落へ向かう足音を、ぼくはその時確かに聞いていたのだ。
 その後も名前の態度は変わらなかった。変わらなかったけれど、暫くすると彼女の身に起きた異変は周りの者にもわかるようになっていった。

「おい、どうした……顔色悪いぞ」

 ぼくが信頼する人は数少ない。だからそのうちの一人であるミスタも彼女ほどではないにしろ働き詰めの日々を送っていた。
 そんなだったから彼が名前に会ったのも随分久しぶりのことで、だからこそミスタは彼女の変化に感づいた。
 その声は彼女を案じるもの。だというのに、名前は笑う。子供のように無邪気に。

「大丈夫よ、ミスタ。私、まだ頑張れるわ」

 そう言って、彼女はまた何処かへと駆けていく。そう、転がり落ちる石はもう止まらない。どうしたって、止名前しないのだ。
 ーーだから。

「どうしてこんなになるまで……っ」

 限界などとうに越えていたのだろう。
 ある日突然、ぼくの目の前で彼女は倒れた。本当に、なんの前触れもなく。夜半、急ぎの任務を終え、報告のためにぼくの部屋を訪い、そのまま彼女の気は遠退いていった。
 そんな名前をぼくは急ぎベッドに運び込んだ。そうして、まじまじとその顔を見てーー愕然とする。
 顔色が悪い、なんてものじゃない。艶のあった髪は輝きを失い、唇は青白く乾いている。肉の落ちた頬。そこから連なる首筋も肩も手首も指先も。何もかもが折れそうなほどに弱り、触れただけで壊れてしまいそうなほどだった。
 なのに彼女は目を覚ますとすぐに起き上がろうとする。

「わたし、仕事しなくちゃ、」

 まだ街の浄化は完全ではない。麻薬の根は深く、長いことこの街を蝕んでいた。だから、と名前は言う。譫言のように。焦点の合わぬ目で何処かを見つめていた。

「そんな体で何ができるっていうんです」

「へいきよ、平気。私、まだ頑張れるわ」

 皆のためだもの、と彼女は言う。ーー皆。そう言ったときだけほんの少し宿る輝き。その眼差しはどこか懐かしいものだった。懐かしいーー仲間を見るのと同じ色をしていた。
 だから、ぼくは諒解した。
 これが彼女なりの防衛手段なのだと。仲間を亡くし傷ついた彼女は、その仲間の夢を継ぐことで贖罪を果たそうとしているのだと。ーーそうすることで痛みから目を背けているのだと、ぼくは諒解した。
 だから名前は立ち止まれない。立ち止まったら見つめ直さねばならないからだ。あの日を、ーー仲間を喪った無力な自分を。考える暇などないほど、彼女は動き続けなければならない。
 ーーでもそれで本当に名前は救われるのだろうか。

「……ダメだ、今きみを行かせるわけにはいかない」

 答えは否だ。
 このままでは傷が癒えるより早く彼女の体が壊れてしまう。人間は踊り続けてなどいられない。
 だからぼくは名前を引き留めた。その細い腕を掴み、ベッドに引き倒した。
 彼女の枯れ木のような体は、ぼくの下に呆気なく沈んだ。ゆらゆら揺れるか細い灯り。それは名前の輪郭をほの白く染める。そこに這わされたぼくの手も。

「……ジョルノ?」

 煙る紫水晶。それは病んだ今も変わらず美しい。ぼくが眩しいと思ったあの日と同じに。いや、あの時よりも一層。美しい紫水晶に、その柔い瞼に、ぼくはそっと唇を落とした。

「眠ってください、今は」

「でも、」

「……そんなに思い出したくないんなら、考えられないようにしてあげましょうか」

 彼女は病んでいる。だから治療が先決だ。心と体を休めること。それが一番で、必要なのはぼくではなく医者なのだとも理解している。
 理解しているのに、ぼくは彼女から目が離せなかった。魅入られてしまったのだ。あんなにも遠く、眩しかった光が今は手の中に落ちている現実に。光を残しながらもぼくに縋るしかない名前に。
 頼りない体を抱き締めると、ほんの微かに甘い香りが立ち上る。……目眩がする。転がる石は止まらない。ぼくもまた、同じように。落ちていくのだ、彼女の元へと。

「なぁに、子守唄でも歌ってくれるの?」

「あなたが望むのなら」

「それは素敵ね」

 名前はいたいけな笑い声を立てる。この退廃的な空気とは不釣り合いなそれ。だからこそ目が眩む。熱に浮かされたように思考が滲む。触れたところから伝わる熱がひどくあつい。

「でも、」

 言い募ろうとした唇を塞ぐ。熱と熱。どろどろに溶けていく言葉と感覚。そう、そのままあなたも溶けてしまえばいい。何もかも忘れて、ぼくだけを見て。ぼくだけを支えにして、眠ってしまえばいい。
 最初は善意だった。大切な仲間だから壊したくなかった。護りたかった、それが始まりだった。そのはず、だったのに。

「ジョルノ……」

「何も考えないで、目を閉じて」

 闇に呑まれていく。彼女に触れたところから。呑まれて、溶けていく。
 何も考えないでと言ったのはぼくであったはずなのに、今はもうぼくの方が何も考えられない。これまでのことも、これからのことも。何もかもが彼女の腕の中で溶けていく。それが、ひどく心地いい。

「……はっ、」

 闇夜に唾液と衣擦れの音が響く。秘めやかに、淫猥に。響くそれすら熱を加速させていく。
 名前の目にはもうぼくしか映っていなかった。たぶんぼくの目にも。
 けれどこんなのは一時のこと。きっと次に目覚めた時、ぼくたちの視線は交わらない。
 それでも今だけはその光を独り占めしたかった。ただそれだけのことだった。