武官と天化と動物の話


ミュージカルネタ。四聖戦後。





 軽やかな身のこなし。突いては避けられ、捉えどころがない。空気の振動。筋肉の微かな動き。息遣い。そうしたものから彼は名前の一手を読む。
 その姿は名前に鹿や野鳥といった類いのものを思い起こさせた。だからいくらその木剣が天化に届かずとも名前の顔に不快はない。苛立ちや怒り。そうしたものとは程遠いーー笑み。打ち合いながらも名前の口許には笑みがあった。
 そしてそれは天化も同じ。彼もまた口角を持ち上げて笑っている。何より流れる剣捌きこそが雄弁。彼もこの打ち合いを楽しんでくれているのだと言葉を交わさずともわかった。

「やはり敵いませんね、天化どのには」

「いやいや、名前もいい線いってたさ」

 喉元に突きつけられた剣。ほんの少し動かしただけでそれは鮮血を滴らせるであろう。ーー先を潰していなかったなら。
 ともかくこうなってはもう手も足も出ない。降参とばかりに剣を下ろすと、天化もそれに倣った。お互い、笑いながら。

「あとも少しで俺っちは恥ずかしい姿を晒すとこだったさ」

 天化はそう言って洋袴を履き直す仕草をする。彼のそれは腰の辺りギリギリで引っ掛かっている。そんなものだからずり落ちるところだったと彼は冗談めかして言うのだ。
 だから名前もおかしくて笑った。「それは大変」武成王のご子息に下手な真似はできない。誰が何と言おうと、名前の心情的に。

「よかった。そんなことになったらわたし、打ち首です」

「そいつは俺っちも困るな」

 くつくつと笑みを噛み殺して、それから天化は「そら」と手巾を放った。休憩にしようということだ。
 放られたそれを危なげなく受け取り、名前は首筋を伝う汗を拭った。修練所を吹き抜ける風。そのささやかな冷気すらも心地がいい。

「もーすぐ昼飯の時間かな」

「あら、わかります?」

「あぁ、俺っちの腹の空き具合からしてな」

 昼食はなんだろうかと話しながら稽古場を出る。中庭を横切り、その先へ。向かう途中、小鳥の鳴き声を聞いた。

「そういやあさ、」

「はい?」

「名前は鳥がなんて言ってるかとかわかったりするさ?」

 ……一瞬、何を言われているのかわからなかった。
 名前は目を瞬かせ、天化を見つめ返す。まじまじと。そうしてその真意を探ろうとした。
 揶揄っているのか、……或いは?何かの謎かけの類いであろうかと頭を巡らすが、心当たりはない。文献や城内の噂話。そうしたものにも覚えはなかった。

「……それは、武官の仕事ではないかと」

 やっとのことで言えたのはそんな答え。そういうのは修行を積んだ仙道だとか特別な術だとか、それこそ宝貝なんかの役目……ではなかろうか。
 そう眼差しで問い返すと、「あぁ、いや、」天化は少しばかり慌てた様子で頭を掻いた。

「武吉っちゃんがそーいうのできるって言うもんだからさ、」

「あぁ、天然道士繋がりで」

「そうそう」

 それでようやく名前にも察しがつく。天然道士。仙人骨を持ちながら仙界へ導かれなかった者。太公望に指摘されるまで自覚がなかったが、名前も武吉と同じく『それ』であるらしかった。
 しかし、それは何も二人に限ったことじゃない。

「それならば武成王さまも小鳥とお話ができる、ということになりませんか?」

「……あ」

 二人より何より天化に近しい人。彼の父、武成王黄飛虎もまた天然道士。だから、と名前が小首を傾げると、そこで天化も思い至ったらしい。
 すっかり忘れていた。そんな顔。決まり悪げに笑い、彼は「親父がンなことできてたら気味が悪かったさ」なんて言う。

「そうだよな、アレは武吉っちゃんの特技なんだよな」

「武吉どのは斯様なこともできるのですか?」

「ん?あぁ、イルカの声も聞き分けるって言ってたさ」

「それは……羨ましい」

 名前の口から零れたのは純粋な羨望。とはいえイルカと会話したい、というわけではない。ただ人より秀でたものが沢山ある、そんな武吉が羨ましいと思ったのだ。

「だろ?俺っちもいいなーって思ったさ」

 何より、天化にそんな風に言われるのが。心からーー羨ましかった。

「でも名前ならできる気がしたんだよなぁ」

「ふふっ、買っていただけるのは有り難い……ですが、わたしにその様な芸当はできませんよ」

「そっか」

 頷き、そうして天化はふと口を噤んだ。
 その深遠なる瞳は名前へ。じいっと見つめられ、名前はたじろぐ。「天化どの?」どうか、したのだろうか。
 そう内心では動揺する名前を無視して。「あぁ、そっか」天化はひとり、納得する。掌を打ち据え、それから。

「似てるからだな、俺っちがそう思ったのは」

 得心がいった。天化は幾度か頷き、視線を走らせる。その目の先には枝に止まる小鳥が一羽。鮮やかな緑の羽を見て、また天化は名前に視線を戻す。

「だから名前ならできるんじゃって勝手に思っちまったんだ」

 くしゃり、と撫でられる頭。されるがまま、名前はぼうと天化を見上げる。屈託のない笑顔。中庭の緑。そうしたものに似つかわしい彼を。

「……なら、天化どのもできそうですね」

 天化からは自然の匂いがした。遠駆けで感じる風や緑の清々しさ。朝焼けだとか川のせせらぎだとか、そういった自然の美しきものを想起させた。

「天化どのの方がわたしよりもずっと得意そうです」

「そうか?」

「ええ」

 名前は天化と顔を見合わせ破顔した。なんだかおかしかった。お互いにお互いを同じように思っていること、感じていること。そうした偶然がなんだか尊いもののように思えてーー名前は微笑んだのだった。