真心と真心との交わりに


 ーーサンタ・ルチア駅を出発してから、どうにもナランチャの様子がおかしい。
 ブチャラティから命じられたこと。周囲への警戒が疎かになっているというわけではない。ただ時折難しい顔をして黙り込む時がある。会話を振られても上の空。生返事で、なのにミスタとジョルノ、二人が関わると大袈裟なほどに狼狽える。

「どうかしたの?」

 そう聞いても「いやッ!なんでもないよ!」と大きく否定される。
 だがそれは嘘であろう。泳ぐ目。上擦る声。そのすべてが嘘だと名前に訴えてくる。
 でもいったい何があったというのだろう?
 記憶を辿るが心当たりはない。思い返せばジョルノたちと合流する直前くらいから変な感じはしていたが……。

「ねぇ、ナランチャ、」

「な、なにッ!?」

 びくりと震える肩。動揺を落ち着かせようと、名前は殊更優しく笑みかける。

「あのね、別に根掘り葉掘り聞こうってつもりじゃないのよ。ただ……、もし悩んでいることがあるなら力になりたいわ。あなたにそんな顔させたくないもの」

「名前……」

 夜空に星が灯る。透き通る紫水晶。光を取り戻した瞳は目映いほど。しかしそれこそが名前の望んだもの。名前は笑みを深め、その手を取った。大丈夫だと伝わるように。
 ナランチャは僅かばかりの躊躇いを残していた。けれど覚悟を決めたという風にきゅっと唇を引き結んだ。
 それから、「もしもの話なんだけど、」と口を開く。

「名前はさ、その……、男同士ってどう思う?」

 耳元に寄せられた唇。狭いボートの中、ほんの少しの距離さえも縮めてナランチャは囁く。その秘めやかさといったら、ともすれば水音に掻き消されてしまいそうなほど。
 名前はナランチャの目を見つめ返した。予想外の言葉。意外すぎる問いに名前の思考は止まる。男同士。どう思う。言葉と共に与えられるのは真っ直ぐな眼差し。真剣なーー真剣すぎる目に、名前の心も声も引き摺られる。

「それは……」

「うん、」

「……素敵なことだと思うわ。それを罪と言う人もいるかもしれないけど……、でも、どんな想いだって大切にされるべきだもの」

「……そっか」

 釣られて潜められる声。考えながら選ばれた言葉に、ナランチャはほっと息をつく。その安心した様子に名前は内心『もしかして』という予感を抱いた。
 ーーもしかして、ナランチャは、

「あのさァ……ジョルノとミスタは、たぶん『そーいうの』だと思うんだよ」

 しかしその予想は次の瞬間呆気なく覆される。辺りを窺う目。ジョルノとミスタの様子を気にかけながら、ナランチャは口元に手を添えて名前に耳打つ。
 ーーあぁ、なるほど。
 そこでようやく得心がいく。ナランチャがあんな質問をした理由。ジョルノたちを意識していた理由。
 ……ナランチャはきっと秘密を知ってしまったんだ。仲間内にさえ伏せられてきた秘密。だから二人を気にしていたし、二人を大切に思うからこそ名前にあんな質問をした。彼らが傷つかないように、先んじて名前の考えを聞き出したのだ。
 ーーならばその信頼には応えなければならないだろう。

「それじゃあ応援してあげないと。でも急に態度を変えるのも変よね……」

「だよなァ……」

「やっぱりこういう時は黙って見守るべきなのかしら。きっといつかは二人も打ち明けてくれるでしょうし」

 どういう反応を示せばいいのか。それを悩んでいたのだろうナランチャは名前の言葉にぱっと瞳を輝かせた。
 「そうだよな!」思いもがけず響く声。気の緩みはこんなところにも繋がっていた。慌てて口元を押さえるが、もう遅い。

「なんです、騒がしい……」

 集まる視線。その殆どは「なんでもないわ」という台詞と曖昧な笑みに興味を失っていく。
 だがフーゴだけは違った。眉根を寄せ、訊ねてくる。なんの騒ぎか。その目は答えを得るまでは一歩も退くことがない。
 ーー困った。
 ナランチャは名前と顔を見合わせる。が、すぐに「フーゴなら言ってもいいか」とひとり頷いた。

「あのさ、ジョルノとミスタのことだけど……」

 こんな話、触れ回るものではない。そう名前は思ったのだけれど他にいい言葉も思い浮かばなかった。だからナランチャが先刻と同じ話をするのを静かに聞いていた。
 そして、フーゴの導き出した答えとは。

「……まぁ、黙っているのが得策じゃないですか」

 聞き覚えのある台詞。名前と似たようなことを言うフーゴに、ナランチャは「やっぱりそういうもんか」と純粋な眼を向ける。

「でも決して気取られているとバレてはいけませんよ。知られたくないから隠しているんですから」

「うーん、私もそうは思うんだけど、なんだかもどかしくて」

「それでも、です。こういう時は黙っていてやるのが優しさってもんですよ」

 フーゴは訳知り顔で言う。だから名前も「そういうものか」と自分を納得させた。聡明な彼が言うのだ、それが賢明というものだろう。
 それにしてもいやに説得力がある。この選択こそが一番なのだと確信している声色。フーゴにも覚えがあるのかしらと一瞬考えて、名前は内心首を振る。ーー下衆な勘繰りはよそう。それよりも考えるべきは……そう、二人のことだ。

「でも意外だよなァ〜……、だってあのミスタがだぜ?」

「だから逆に男がよくなったんだろ」

「そういうもんかァ……」

 もう興味を失ったのか、それともこの話題に飽きたのか。ナランチャの呟きに答えるフーゴは投げやりだ。先程までの熱心さが嘘のよう。それに引っ掛かりを覚えないこともなかったが、「おいお前ら気を抜くなよッ!」というブチャラティの声に違和感はあっさりと消し飛んだ。
 だから名前もナランチャも気づかなかった。「なんて騙されやすい二人だろう」とフーゴに呆れられていることなんて。