静かな想いに誘われて
次なる目的地は国鉄サンタ・ルチア駅前。未だ追っ手の気配はない。だが車で移動していることは既に敵にも伝わってしまっているだろう。
だから、とジョルノはひとつの提案をした。
「ここからは二手に分かれるんです」
「二手に?」
「はい。車と……そうですね、ボートに」
そうすれば敵は車の方を狙うだろう。
ブチャラティは顎に手をやり、一考した。でもそれはほんの僅かな時間だけ。すぐに彼は「よし」と頷いた。
「ジョルノの案でいこう」
反対する者はいなかった。ただまぁ、相変わらずアバッキオはつまらなそうな顔をしていたのだけれど。
ともかくいい加減車も乗り換えた方がいい。ジョルノはリベルタ橋の手前で車を停めた。ーー新しい車を手に入れるためだ。
夜明け前の駐車場には幾つかの車があった。別にどれでも構わない。ただ動きさえすればいい。
けれどアバッキオやミスタはあれでもないこれでもないと熟考していた。車には口うるさい二人。こんな時なのに好みを一番に考えていた。
そんな二人が選んだ車。白い車体をピンでこじ開け、エンジンをかける。「今度はさっきより早くやってやる」タイムアタックだ。
そんなことを言うミスタを含め、仲間たちを見渡してブチャラティは口を開いた。
「車に乗るのはどうする?ミスタとナランチャはそれぞれどちらかに乗ってもらうことになるだろうが」
「それならオレが行くぜ」
索敵能力に長けている二人。だがナランチャのスタンドの方が敵を察知するのは早いだろう。代わりに迎撃するのはミスタの方が向いている。
だからミスタがそう言った時、ブチャラティも「そうだな」と早々に受け入れた。
「大所帯で行くこともないでしょう。車にはもう一人、……ぼくが乗ります」
「あ"ぁ?」
「ぼくなら怪我をしても治すーー正確には違いますがーーことができます。ぼくと名前も別々に行動した方がいいでしょう」
同じく立候補したジョルノ。しかし今度ばかりは噛みつく者がひとり。ーーアバッキオだ。彼はジョルノに鼻先まで近づき、睨みをきかせていた。
けれどジョルノは動じない。一瞬も、一片も。身動ぎひとつすることもなく、彼は冷静に、淡々と言葉を続けた。
そしてそれは尤もな内容だった。ジョルノと名前。先刻名前が気にかけた通り、治癒能力の一点において二人は似ているといえなくもない。そして戦闘能力のない名前が車に乗るのは得策とは言えなかった。
「ジョルノ……」
名前が呟くと、ジョルノはアバッキオから視線を外した。名前を映す緑の瞳。夜闇の中でも煌めく光は名前を見て、少しだけーー微笑んだ。
それが嬉しくてーー彼に認められるというのは、……どうしてだろう?とても心の安らぐものだったのだーー名前も笑みを返した。
そしてアバッキオはといえば。
「…………、」
無言でぐっと握り締められる拳。彼だってジョルノの提案が正しいと理解している。ただ彼の思う通りに事が進むのが気に食わないだけ。
「……好きにしろ」
結局折れるのはいつだって彼の方。苦虫を噛み潰した顔をして、アバッキオはジョルノから背を向けた。
「では車にはミスタとジョルノ、ボートにはナランチャが乗れ。他の者は亀の中へ……それでいいな?」
ブチャラティの確認にめいめい反応を返す。が、否と言う者はもういない。
その時、ミスタが不意に声を上げる。「よし、かかった!」声と共に低く唸り始める車。
「ほれ、ジョルノ!運転は任せたぜ!」
ミスタは言って、さっさと後部座席に移る。
そして運転席に乗り込もうとするジョルノに、名前は「気をつけて」と声をかける。
「あなたなら何が来たって切り抜けられるような気がするけれどーー」
「買い被りすぎですよ」
「いいえ、そんなことないわ」
お世辞と思ったか。ジョルノはさらりと返すが、……とんでもない。名前は本心からそう思っている。ジョルノならば。そう、ーー彼には不思議な力がある。
けれどそれは決して嫌なものではなかった。かつて相対した男、かの邪悪なる者の持っていた傲慢で冷たい雰囲気。人を見下し支配する力ではない。惹かれるのは同じだが、名前が思い出すのは別の男。
ーー承太郎。
大切な幼馴染みの名前を呟く。心の中で。もう長いこと口にしていない名前を。想うだけで心の奥底に力が湧いてくる。
そんな彼とジョルノは似ている。無意識のうちに人を魅了する力。人を正しい方へと導く力。ジョルノがいるなら大丈夫。彼と共にならば白の中に向かっていける。そう思えるのだ。
「あなたは朝日のような人。だからきっと……みんなもあなたのことが好きになったんだわ」
ひっそりと耳打ち、名前は顔を離す。
瞬く目。不意を突かれた格好のジョルノは珍しく驚いた様子。運転席に座りながら、ドアの前に立つ名前をぼうと見上げーーはにかんだ。
「そう、……だといいんですが」
走り去る車を名前は温かな気持ちで見送る。彼がどうしてこんな世界に飛び込んできたのかはわからない。でもきっとすべてが良い方向に向かうはずだ。根拠はないけれどそんな気がした。
「なぁなぁ、ジョルノと何話してたの?」
「うーん……、こればっかりは教えられないわ」
「ちぇっ、なんだよ」
拗ねるナランチャに名前は笑う。
こう言っている彼だってジョルノのことを好ましく思っているのは明白。いちいち突っかかるアバッキオだって認めているのに変わりはない。やはりブチャラティの人を見る目は確かなのだと、名前は改めて思うのだった。