ミスタ√【ハプニング】結
目が覚めるとそこにあるのは見覚えのある天井。自室で起床したミスタはつい先程まで見ていた夢を思い、溜め息を吐く。
「やっぱ夢だよなぁ……」
そうわかってはいたが、実際に現実を突きつけられると悲しくなる。いい夢ではあったが、現実で触れられなければ意味がない。
「どうせ夢ならもっと無茶しとけばよかったな……」
そうぼやくミスタは頭を掻き、身支度を整えていく。
そしていつも通りパッショーネ本部に顔を出し、
「おはよう、ミスタ!」
「お、おぉ……」
名前と出会し、気まずげに目を逸らす。
あんな夢を見た後だ。真っ直ぐ顔を見ることもできない。応じる声すら歯切れ悪く、誰が見たって平静ではなかった。
そんなミスタを見上げーー名前は悪戯っぽく笑う。
「そういえばあなたからはお返事を貰ってなかったわ」
「返事?」
なんの、と聞き返そうとして、その瞳に囚われる。深い色の瞳。そこに昨晩の熱の残滓があるように見えたのはーー気のせいか。
しかしそれは勘違いでも錯覚でもない。
「私は言ったわ。だからあなたからも聞かせてほしい。……夢だからってなかったことにしたら許さないんだから」
名前は拗ねたように言って、それからすぐに屈託のない笑みを浮かべる。
「お返事、待ってるから」囁き、残されるのは頬への熱。軽く触れるだけの口づけ。なのにそれだけで昨晩の熱が甦る。
「ま、マジかァ〜〜……」
ここが廊下だというのも忘れてミスタは座り込む。その口元は手でも隠しきれないほど緩んでいてーーその姿を見かけた者たちからは気味悪がられたのだが、今のミスタにはそんなことは些末な問題。
「よしッ!」
にやける顔を叩いて、ミスタは急いで立ち上がる。女ひとりにあそこまで言わせておいて何もしないというのは男としての矜持に関わる。
ミスタは気合いを入れ、名前の消えていった方へと駆け出した。
小さな硝子瓶には飴玉がひとつ。しかしそれはもう昨晩使ってしまったから、この瓶はもうなんの意味もなさない。
けれどなんとなく捨てがたくて、名前はそれを大切に仕舞い込んだ。
その硝子瓶を押しつけられたのは昨日のこと。一個しか入っていない飴玉は人の望みを夢に映し出すらしい。露天商の男はそう言って、名前に硝子瓶を握らせた。いい夢を見せてあげよう、そう言って。
しかしそこで名前は首を振った。
『夢だけじゃあ意味ないわ。一晩限りなんて余計に悲しくなるだけよ』
そう答えても、男は引き下がらなかった。
『では君の望みはなんだい?』
問われ、名前は考えた。欲しいものは幾らでもある。でも一番の望みというなら。
『……素直になること、かしら』
ちょっとだけ、大胆に。『彼』の好む女性のように。ーー好きと、言えたなら。
それが一番の望みかどうかはわからない。ただ最初に浮かんだのは『彼』の顔。だから名前はそう答えた。
すると男はにやりと口角を上げた。
『それならやはりその飴がいい。きっと君の願い通りになるだろう』
眉唾物。疑わしいと思っていたはずなのに、気づけば名前は硝子瓶を持ち帰っていた。あまつさえそれを口に含んで眠ってしまう始末。
「……でもお陰で勇気が出せたわ」
そう考えると、あの露天商の言ったことはあながち嘘ではなかったということか。
ともかく終わりよければすべてよし。名前は足取り軽くミスタの元へと駆けていく。
「おはよう、ミスタ!」
でもまぁ、当分は胸のうちに秘めておこう。
名前は笑いながらミスタの肩を叩いた。
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お題箱より。ありがとうございました!