原作沿い友情√ジョルノエンド
友情関係のナランチャが原作と同じ結末を迎え、+ジョルノとの好感度が高かったら。
真新しい大理石は日を浴びて清らかな光を放っていた。
それは月のさざめき、星が昇る音。名前は彼の気配を感じた。夜明けの太陽、夕暮の露から生まれ出でた彼のことを。エデンに咲いた花よりもずっと華やかだった魂のことを。感じ取り、名前は頬を緩ませた。
「……これでようやくあなたも落ち着いて眠れるわね」
名前は跪き、持ってきたばかりの花を活けた。今度はスタンド能力で生み出してもらったのではない。早朝の市場で買い求めたものだった。
彼には清浄なる白や生き生きとした橙がよく似合った。それはこの寒々しい色の大理石ではなおのこと。彩りを増すにつれ、彼の笑顔も深まるように思えた。彼はそうした美しいものを素直に尊べる人だった。清らかな魂を持つ人だった。
名前は冷たい石に口づけた。そこに刻まれた名前。愛おしい旋律に向けて。
「ジョルノがね、あなたをここまで連れてきてくれたのよ。ちゃんと見ていてくれたかしら」
言うと、背後の気配が身動ぐのを感じた。
振り仰ぐ、視線の先。喪に服す少年──ジョルノ・ジョバァーナ。
彼は無感動な顔をしていた。でもそれが彼なりの覚悟であるのだと名前は理解していた。彼は決して人前で泣こうとはしなかった。悲しみを一人で噛み締めるのがジョルノという少年だった。だから今、彼もまた緩やかな悲しみのただ中にいるのだと名前には感じ取れた。
名前は微笑んで、「ありがとう」と呼び掛けた。
「約束を果たしてくれて」
「……いえ、」
ジョルノはほんの少しだけ口許を和らげた。「あの時ぼくにできたのはあれくらいでしたから」──とんだ謙遜もあったものだと名前は思う。あの時、どれほど名前が救われたのか。どれほど彼が──ナランチャが喜んだことか。ジョルノはちっともわかっちゃいない。
「それでも嬉しかった。嬉しかったの、本当に。きっと、ナランチャも」
名前は墓石に向き直り、手を伸ばした。触れた指先、伝わるのは冷え冷えとした感触。全然彼とは違う。彼はもっと温かかった。温かくて柔いもので作られていた。
それでも今、目の前にいる彼に抱くのは以前と変わらぬ想い。物言わぬ大理石となってもなお愛しいという想いは尽きない。
ナランチャの墓は特別景観のいいところにした。彼の上には大きな木があって、夏の強い日差しからも冬の乱暴な風からも彼を守ってくれるようにできていた。彼の周りには深い愛情があった。ジョルノやミスタ……彼が愛した人たちは同じだけの誠実さを返してくれていた。
「……私も、嬉しい。あなたがナランチャの願いを大切にしてくれて。ナランチャはあなたのことがとても……好きだったと思うから」
「名前……」
背中で聞いたのはそれが最後。呟き、その後に彼はもう名前の隣に膝を下ろしていた。
ジョルノの祈りはとても静かなものだった。静謐で、神聖なもの。彼は厳かに両手を組み、頭を垂れた。祈りの言葉は春の穏やかな風に寄り添い流れていった。きっと、天上の国までも。
それが終わると彼はゆっくりと目を開けた。そしてそっと優しく墓石に触れた。ナランチャ・ギルガ。その名前を愛情の籠った手でなぞった。
「……ぼくも、好きでした。彼はとても気持ちのよい人だったから」
「例えるならきっと兄のようなものですね」とジョルノは冗談っぽく言った。だから名前もくすくすと笑って、「それはすっごく喜びそう」と答えた。
墓地には二人以外の人影はなかった。草地は微風に流れ、梢が控えめに囁き合った。そこには穏やかさだけが存在していた。悲嘆なんてものは芽吹く側から忽ち消えていった。そしてそれは他ならぬ彼のお陰であるのだとも名前は理解していた。
「ありがとう、そのことだけじゃなくて……。あの時も、コロッセオでも……彼のために泣いてくれて」
囁くと、ジョルノは驚いたように目を瞬かせた。そういった風に彼が隙を露にするのは珍しい。よほど不意を突かれたのか。そう思い、名前は言葉を続けた。
「動かなくなったナランチャを見て……私は泣けなかった。泣きたかったのに泣けなかった」
名前にはできなかった。現実があまりに悲しくて、どうしようもなく受け入れがたくて。泣くことすらできなかったけれど、ジョルノは泣いてくれた。
ジョルノが一番に悲しみ、彼を悼んでくれたから──名前も受け入れて、前を見ることができたのだ。
「だからね、本当に救われたの。あの時、あなたが泣いてくれたから……」
──その涙を見た時、初めてあなたをとても身近に感じた。まるでずっと昔から知っているみたいに。或いは『あなた』が『私』であるように。
そう言うと、ジョルノは静かな目で名前を見た。
「ぼくたちは、半身のようなものかもしれません」
若草色の瞳。どこか懐かしい色が名前を見つめる。そして落ち着いた声はいつだって名前の心を和ませた。
どんな嵐の夜も彼となら怖くなかった。その眼差しこそが海図。同時に羅針盤でもあり、錨を下ろた気分だった。
「あなたにあってぼくにあるもの。そして逆もまたしかり……あなたはぼくにないものを持っている」
ピースが重なるように、ぼくたちは似て否なるもの。一対であり、共通するもの。
彼はそう言って、名前の手を取った。
温もりは春の始まり。穏やかな真昼の光。その温かさに、流れる血の鼓動に、名前は例えようもないほどの安らぎを覚える。
「……それならとても幸せなことね」
名前はごく自然に微笑み、その手に応えた。
──この手を離すことは生涯ないだろう。
だって名前はもう出会ってしまった。死の冷たい眼差しに見つめられるよりも早く、名前は出会うことができた。
最期の時にしか垣間見ることのできぬもの。救済の光。その存在を疑うよりも早く、最後の審判の日を迎えるよりも早く。
──私は、私の神様と出会うことができたのだ。
「……今はもう平気ですか?」
「……ええ、」
窺うように訊ねる彼に、名前は笑った。
「もう泣けるわ、彼のために。その魂の安らぎだけを願えるわ」
眼差しは墓碑へ。埋葬を終えたばかりの白々とした墓を見下ろし──そこに刻まれた親愛なる人を想い──しかし名前の心が曇ることはない。
頬を伝うのは穏やかな涙。胸に迫る悲しみと切なさ。けれど嵐は過ぎ去った。残るのは静かなる想い。いつの日かまた彼らと巡り会えるのだと、名前は心から信じることができた。
「……それならよかった」
ジョルノは微笑んで、名前を立ち上がらせた。
自分より少し大きな体に寄り添いながら、名前は確信する。
永遠の存在。なんの疑いもなく、名前はそれを信じることができた。怖いことなんかひとつもなかったのだ。
「またね、ナランチャ」
去り際、もう一度振り返る。丘の上、一片の雲すら不在の空の中、佇む墓碑に。
夜明けの太陽、夕暮の露から生まれ出でた存在。何でもないものだったのだから、死んだら元に戻るだけ。その間の隔たりはほんの一時、花一輪分の儚い生涯。
──それだけの話なのだから。
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夜明けの太陽、夕暮の露〜
フィリップ・フリノー『野生のすいかずら』より引用。