フーゴとフーゴセカンドT

カラバリフーゴに取り合われる。
超像ネタなので赤フーゴがファースト(基本)で緑フーゴがセカンド設定。
どこかの誰かのスタンドが暴走して(適当)緑フーゴが発生しました。赤フーゴの抑圧された願望=緑フーゴなので願いを叶えたら消滅します。
過去の記憶は共通ですが、その後の共有はされてません。緑フーゴは自分がセカンドでありファーストフーゴがいることを知ってますが赤フーゴは知りません。
緑フーゴは情緒不安定。
そんな緑フーゴを匿う話。







 部屋の片隅でじいっと息を潜めて『彼女』の帰りを待つ。──その時間の、なんと惨めなことか。
 これ以上の孤独はないとぼくは思う。この世での自分はまったくの異邦人なのだ。そしてその隔たりは外的要因によるものであり、同時に自身が望んだものでもある。だからこそ一層惨めで苛立たしい。吐き気を催すほどの羞恥と憎悪が沸き上がるのだ。
 そんな奔流を膝を抱えてやり過ごす。その間中、頻りに噛まれた爪が描くのは不格好な稜線。月明かりの中でぬうっと浮かび上がるそれを何とはなしに眺める。
 ──そんな折り。

「……っ!」

 待ち望んだ音を聞き違えるはずがない。何せこのところずっとその音だけを待ち続けていた。時計の針が進むのをまんじりともせず焦がれ、果たして今日も変わらず『彼女』は帰ってきてくれるだろうかと怯えた。『彼女』は神であり、いつでも自在に悪魔へと姿を変えることができた。そこにぼくの意思は介在しなかった。

「ただいま、フーゴ」

「おかえりなさい、名前……」

 しかし『彼女』は、名前は決してぼくを裏切らなかった。見目ばかりは成熟した全き女性であったが、その心持ち、性根といったらどこまでも無邪気で、清らかなままだった。幼い子供さながらに、けれど聖母の如き慈愛に満ちた微笑で彼女はぼくを抱き締めた。
 帰宅したばかりの彼女には冷ややかな外気が膜のように覆い被さっていた。それは今のぼくにとって全くの異界であり、忌むべき感覚であった。しかしそれもじきに薄れ、室内の泥濘と混濁していくことだろう。ぼくはそれを学んでいたから、名前の首筋に鼻先を擦りつけた。少しでも早く、この境界が溶けるようにと。
 そうしていると、名前はぼくの背を宥めるような手つきで撫でた。

「もう、擽ったいわ」

 名前は小さく身を捩った。でもそれは戯れの動作であり、本気で嫌がっているのではない。じゃれつく小動物を相手取っている風だった。
 だとしても構わなかった。名前にこうして触れることができるのは自分だけなのだとぼくは理解していた。彼女は確かに無邪気であったけれど、慎み深い質でもあった。こうなってしまった以上、貞淑な彼女が他の誰にも──それはそう、例えぼくと同じ顔をした『誰か』であったとしても──境界を越えさせることはなかった。
 それをわかっていながら、ぼくはなお一層抱き締める力を強めた。「遅いですよ、名前」そんな文句を吐いて。

「もうぼくのことなんてどうだっていいんですね」

 責める言葉をぶつけると、名前は「まさか!」と頭を振る。

「そんなことないわ、あり得ない。どうしてそんな酷いことを言うの?」

「だって、『あいつ』の匂いがする」

 名前が纏う香り。それは雑多で、本当のところは特別染みついたものなんてない。
 でもその中には間違いなく『彼』の好む香水がある。ぼくもかつては使っていたはずの香り。今ではもう忌々しいばかりの匂い。
 それを知覚するのは自傷行為に等しかった。知らなければ知らないまま、その方がよほど健全だ。頭ではわかっている。わかっているのに、確かめてしまう。その香りが昨日より濃くなってやしないか、そんなことが気にかかり、余計に鼻につくのは本末転倒もいいところ。そこまで理解しているにも関わらず、今日もまたぼくは舌打ちをする。
 そうすると名前はいつだって困ったような曖昧な微笑を浮かべた。

「『あいつ』、だなんて……」

 そこで名前は言い淀んだ。続く言葉は唇の上で溶けた。
 でもぼくにはわかっていた。彼女の言いたいことが手に取るようにわかった。優しさばかりを振り撒く彼女は『彼』にも等しく恵みを与えようとしていた。
 名前はこう言いたいのだ。

 『あいつ』だなんて──『彼』だってあなたと同じ、『パンナコッタ・フーゴ』なのよ──と。

 この世には自分と似た人間が三人はいるという。ドッペルゲンガー、或いは他人の空似。だがぼくはそのどちらでもないのだと自覚している。幻覚でも怪談でもない。この悪夢はどこかの誰かが発現したスタンド能力のせいだ。
 ぼくが気づいた時、既にこの世界には『自分』が存在していた。自分とまったく同じ記憶、同じ顔を持った他人が自分のよく知る人たちと笑い合っている。これ以上の悪夢があるだろうか?しかもぼく自身が自分の方こそが偽物だと理解していた。自分の役割は本能に刻み込まれていた。
 自分は本物の『パンナコッタ・フーゴ』の深層意識であり、彼が押さえつけていた願望を叶えるのが役目なのだ、と。それが果たされない限りこの偽物の生からは解放されないのだとわかってしまった。

 ──だがわかったからといってどうして割り切れよう?

「だって『あれ』は『ぼく』じゃない。『ぼく』であったなら、……あぁ、」

 噴き出すのは羞恥と憎悪。偽物であることへの恥じらいと、何も知らない本物の『自分』への憎しみ。衝動のままに涙が込み上げ、そんな自分がまた惨めで仕方なかった。
 ぼくは両手で顔を覆った。拭けども拭けども眦には水の膜が張った。目の奥は熱く、鼻がツンと痛んだ。
 泣きながら、しかし頭の片隅の冷静な部分でぼくは思考した。ぼんやりと思い出すのは古い探偵小説だった。双子の片割れがもう片割れに成り代わる話だ。今じゃもう使い物にならない手法。でも当時じゃ斬新だったのだろう。
 それは現代であっても──スタンド能力によるものなら、一般社会では通用するはずだ。

「ごめんなさい、私が悪かったわ」

 その思考を遮ったのは悲しみに満ち満ちた名前の声だった。こんな時でも涼やかさを失わない声であり、柔らかな腕であり、温かな胸だった。彼女はぼくの恐ろしい考えなどは露知らず、ただ哀れみのためにぼくの体を抱き寄せた。

「私はあなたが好き。好きよ、一等大切なの。ねぇ、わかるでしょう?」

 囁きは蕩けるほどに甘やかであった。受け止めた耳朶は熱く、ひりひりと赤らんだ。彼女の繰る睦言ひとつ、それだけで頭の芯が痺れ、目が眩んだ。
 そう、それほどに彼女の声には愛情が溢れていた。心優しい彼女にはこの哀れな偽物を裏切る考えなど微塵もなかった。行く宛のないぼくを拾ったあの日、あの時と全く変わらぬ温度で接していた。
 それがどれほどの切なさをぼくに齎すかなんて、考えもせず。

「わかりません、ぜんぜん、そんなのじゃあ」

 優しい名前は拒まない。拒めない。迷い子同然のぼくを突き放すことは決してあり得ない。わかっているから、ぼくは子供のように首を振った。
 そしてねだるように──いや、正しくそうなのだ──唇を突き出すぼくに、名前が口にする言葉といえば「……困った人ね」というなんとも頼りない抵抗である。
 ぼくは伏せた睫毛の奥から名前の様子を窺った。緊張で心臓が肉を突き破るかに思えた。初めてではないけれど、でもそのたびに不安に怯えた。ぼくには彼女のほんの微かな仕草すら見逃せなかった。ほんの僅かでも彼女が躊躇う素振りを見せたら──そうなったらこの夢も終わりである。

「──……」

 名前がちらりとでも疑うことはなかった。彼女は乞われるがまま唇を寄せ、温もりを分け与えてくれた。
 それはほんのささやかな触れ合いだった。戯れ同然といえた。でもぼくには薬でも盛られたみたいな感覚があった。いつだってそうだった。唇は痺れ、熱を持つ。だというのに狂おしいほどの渇きもある。渇きと餓えと、それから途方もない多幸感が胸中に吹き荒れた。
 ぼくは離れていこうとする名前の頬に手を添えた。

「もっと」

「もう、」

 名前は溜め息を吐く。でもそこには許しの響きがあって、その音を聴くのがぼくは好きだった。

「好きよ、愛してる。他でもない、……あなただけ」

「そうだ、あんたの『フーゴ』はぼくだけ。それでいい、それさえあればぼくは……」

「……うん、」

 名前は頷いた。伏せられた目は懊悩に揺れていた。彼女の頭を占めるのはぼくであり、『彼』であった。それにほの暗いよろこびを覚えた。これがもしぼくひとりに向けられたのならどんなに幸せだろうと思った。
 そしてその手段をぼくはもう知っているのだ。