リゾット√【甘える話】


正しく成長して大人になった主人公が承太郎たちと協力し、護衛チームと暗殺チームが共闘してボスを倒したというご都合主義設定。
今回はボスを倒した後の話です。付き合ってないし自覚もしていません、お互いに。






 ーー懐かしい感覚があった。
 爽やかな棕櫚の緑。日に焼けた大地。オレンジとレモンの甘酸っぱい香り。穏やかで温かな日々の気配。
 ずっと昔に喪ったはずの懐かしい感覚がしてーーリゾットは目を覚ます。

「…………、」

 最初に見たのは神々しいほどの光。幼い頃、礼拝堂の中から見上げた空ーー天井いっぱいに繰り広げられた聖書の世界。黄金のモザイク画だった。
 それに手を伸ばしてーー触れられたことに、リゾットは目を瞬かせる。
 ……おかしい、そんなはずはない。
 あの礼拝堂は首が痛くなるほど立派なもの、さしものリゾットだって手の届くはずがなかった。それに何より、ここはネアポリス。故郷のシチリア島などではないのだからーーおかしいなと寝起きの覚めやらぬ頭でぼんやりと思う。
 そんなリゾットの目前。鼻先を掠める金の薄紗。それが揺れ、幕が上がる。

「……あら、起こしちゃったかしら」

 横臥するリゾット。目覚めたばかりのその顔を覗き込む瞳。奥底まで澄んだ様はイソラ・ベッラを想起させられる。リゾート地の海、それよりもずっと触れられそうなほどにーーその目は親しみを籠めてリゾットを見下ろしていた。
 そう、彼女ーー名前はリゾットを覗き込んでいた。自分よりもずっと大きな体。だというのにそれを感じさせない素振りで、彼女はリゾットに膝枕をしているのだった。

「……これはいったいどういう状況なんだ」

 夢でも見ているのか。そう思うほどに非現実的。驚きよりも呆気に取られる。何が何だかわからない。理解が及ばないと、リゾットは呟く。
 状況だけ見ればなんとも甘やかな光景。だが生憎とリゾットには縁のないもの。この世界に入って以来凍りついていた感情であったから、感慨に耽ることもない。
 それにそもそもーー彼女との間にあるのは仕事上の繋がりだけだ。
 だから何故、とリゾットは訝しむ。
 その顔がよほどおかしかったのか。

「…………」

「おい、何故笑う」

「笑ってないわ、本当に、ええ、……ふふっ」

「……やはり笑ってるだろう」

 口許を隠す名前に眉を寄せる。
 リゾットがそうすると大概の人間が押し黙った。怯え、命乞いをした。そういう人生を歩んできたし、それは顔立ちにも表れていた。
 けれど名前は。

「そんな顔しても全然怖くないわよ、……こんな格好のままじゃ流石のあなたも牙を抜かれた狼みたいなものね」

 幼い子供にでもするみたいに。或いは天上の神々が人の子に相対するような柔らかな声音でリゾットを揶揄った。何人もの政治家やマフィアを殺してきた男を。暗殺チームを率いている男を、名前はただの人のように扱った。

「……確かに。お前の言う通りだ」

 ーーだから、あんな夢を見たのか。
 今では遠く隔たった記憶。不連続なそれは最早自分のものではないかのよう。そんな思い出を名前は連れ戻してくる。
 だが悪い気分ではなかった。むしろこれ以上にないほど心は凪いでいて、ともすればまた眠りに落ちてしまいそうなほど。

「まだ眠っていてもいいのよ、こんなところでも良ければね」

 その気配を察したのか。微睡みを促すように名前はリゾットの髪に触れた。額に落ちる一房。名前とは対照的な月の光。色の抜け落ちた白銀のそれを優しく撫でつけ、名前は微笑む。

「よほど疲れていたのね、あなたがお話の途中に眠っちゃうなんて初めて見た」

「……あぁ、そういえばそうだったな」

 名前の言葉に思い出す。眠りに落ちる直前の記憶。
 現在のパッショーネと協力関係にあるとある財団。その橋渡し役が彼女だった。彼女と彼女の仲間たち。財団に属するスタンド使いの協力があって、リゾットたち暗殺チームは悲願を果たすことができた。
 とはいえ願いが完全に叶ったわけではない。生まれ変わった組織。そのボスとなった少年は麻薬により生まれる利益を不必要なものと断じた。
 そんなものがなくたって街を守ることはできる。彼の考えは少年らしく、リゾットからすれば青臭いもの。だが戦いを通じて彼の実力も認めていたからーーリゾットたちは妥協することにした。
 麻薬の売買で得ていた利益。それを失うのは手痛いものであったが、しかし代わりに得たものもある。ーーそれが名前の属する財団との関係だった。
 お互い信頼しているわけではない。財団としてはスタンド使いの監視も兼ねているのだろう。だがそれはパッショーネも同じ。大きな組織がバックについているお陰で、この国での発言権も増した。
 ……つまりはそういった経緯の末、連絡係の名前は度々リゾットの元を訪れるようになった。
 今日の訪問もそれが理由。今のパッショーネは生まれ変わってからまだ日が浅い。以前の組織と『良好な関係』だった者は虎視眈々と裏切りの機会を狙っている。それは組織内部に限らず、癒着関係にある警察や政界でも。『何も知らない』者たちは、息を潜めて隙を窺っていた。
 そういったものを名前は調べ、リゾットたち『暗殺チーム』にも情報を渡していた。以前よりもずっと待遇のよくなった彼らに仕事を任せるために。
 ……だから、眠りに落ちるなんて言語道断。怠けていると詰られてもしようがない。だが言い訳させてもらうなら、リゾットだって好きで眠りこけていたわけではないのだ。このところ立て続けに依頼があったものだからーー彼女の言う通り、疲れていたのだ。

「なら……お言葉に甘えるとするか」

 だからリゾットは苦虫を噛み潰したような顔をしながらも起き上がることができなかった。それは意図的なものではなく、反射的、本能的なもの。疲労ゆえかーーはたまた別の理由からかーー体からはすっかり力が抜けてしまっていたのだ。
 今の台詞だって欠伸混じり。空気が抜けたみたいな思考。らしくない、こんなのは駄目だ。そもそも、ーー彼女は仲間ではないのだから。
 そう、思うのに。

「……なんだ?」

「ううん、……あなたって不思議な人ねって。しみじみと思っただけ」

 目を細めて微笑む彼女に心は安らぐ。抗いがたい心地よさ。爪先から頭まで安寧に溺れていく。気分は聖母の足元に跪く海軍提督、ジョルジョ・ディ・ダンティオキア。荒涼とした心を慰める花。タレンティウムの乙女……は縁起が悪いか。
 ともかくリゾットの思考はとりとめもなかった。神聖なアルキュオネー、或いは両手に炎を宿すロザリアか?そんなことをつらつらと考えていた。まったく、らしくもなく。少年時代に覚えた詩をそんなつもりもないのに思い出していた。
 「お前が、」そんな具合であったから、口から零れるのも無意識のうち。「不満と言うなら改めるが」波ひとつない海。その向こうに沈む顔は自分のものであるはずなのに、なんだかひどく遠く思える。それこそ、過ぎ去った過去のように。
 リゾットが淡々と言うと、名前はまた驚きを目に表す。そしてすぐにその双眸を和らげ、「まさか」と笑った。

「そんなわけないわ。ただ私が勝手に……身構えていたものだから」

「……そうなのか」

「そうなのよ」

 名前はひょいと肩を竦めてみせる。
 演技がかった仕草。だからリゾットは半信半疑。

「だってあなた、暗殺チームだなんていうんだもの。そりゃあどんな怖い人かしらってビクビクしたものよ」

 名前がそう言っても信じきることができない。
 何しろ彼女ときたら出会った当初から変わらない。リゾットと同じくらいの齢であるはずなのに驚くほど純粋だ。よほど幸せな人生を送ってきたのだろうと、そう思うほど。スタンド使いとは思えないくらいに、彼女はどこまでも『普通』だった。『普通』の人と接するように、このチームに馴染んでいった『変わり者』。それが名前だった。

「……怯えているようには見えなかったが」

「そりゃあすっごく頑張ってたもの」

 「だからね、」と名前は囁く。雲間を縫って、地上へと光が射し込む。

「嬉しいの。あなたでよかったって、……本当に、そう思う」

 微笑は聖母像。故郷の美術館にあったそれが彼女に一番近い。
 そんなことを思う自分に驚きながら、リゾットは「そうか」と素っ気ない言葉を吐く。
 だが体を起こすことはない。そうしてしまったらこの黄金の午後は呆気なく弾ける。そう予感していたから、リゾットはゆっくりと目を閉じる。

「おやすみなさい、リゾット」

 その日は珍しく夢を見た。なくしてしまったと思っていた故郷の思い出。それを久方ぶりに見て、リゾットは夢の中で思う。
 ーーいつか、彼女にも見せてやりたい。
 懐かしいパレルモの旧市街を歩きながら、自然とそんな願いを抱くようになっていた。








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アンケートより。大人主人公がリゾットを甘やかす話でした。ありがとうございます!