プロシュートを介護する
原作終了後。もしもプロシュートが生き残っていたら。
咄嗟に右手を使おうとして、もうそこには空白だけがあることを思い知らされる。
……やれやれ。
プロシュートは溜め息を吐き、左手で懐を探った。ブチャラティチームとの死闘。おかげで、煙草を一本吸うことすら難儀な体となってしまった。
とはいえ泣き言を言うつもりはない。ないものはないのだ。今さら泣き喚いたところで右腕が返ってくるわけじゃない。新しいボスにもねだるつもりはなかった。
自分たちは負けたのだ。圧倒的な敗北。敗者が施しをねだるなど言語道断。枷のひとつやふたつ、プロシュートはとっくに受け入れていた。
「あっ!もう……言ってくれれば私がすぐに用意したのに」
しかし、彼女は違う。たったひとり生き残った、プロシュートの仲間──名前。女の多くが感傷的であるのと同様、欠けたプロシュートの右腕を見るたびに彼女は涙ぐむ。
「煙草、やっぱり止めた方がいいんじゃない?怪我の治りが遅くなるっていうじゃない。ね?」
「もう治ってるから問題ねぇよ」
「私はこれからの話もしてるのよ」
名前 は口を尖らす。叶うなら今すぐプロシュートの口から煙草を抜き取りたいといった顔だ。
けれど強引に事を運ぶことはしない。灰皿を用意するのも彼女だし、火をつけることまで世話を焼いてくる。そういう性格なのだ。相変わらず顔いっぱいに心配の表情を浮かべているが、プロシュートの意思を尊重する。だから小言を言われるのも気にならない。
「悪いな、手間をかけさせて」
「ううん、いいのよ。私が好きでやってるんだから」
詫びると、何時も通りの笑顔が返ってくる。
不便な体。ひとりではままならない生活。自分で選択した道だが、常々思う。納得はしていても、溜め息をつくのは止められなかった。右腕があった時の感覚が未だ鮮明であるからこそ、余計に不自由を感じる。──自分に対して、そして介助の手となる彼女に対しても。
「はい、コーヒー」
「ああ、助かる」
「熱いから気をつけてね」
「そこまで世話されるほど落ちぶれちゃいねぇよ」
肩を竦めると、くすくすと笑い声が聞こえてくる。ソファから台所に立つ名前を振り仰ぐと、ひどく楽しげな笑顔とぶつかった。
「今の、そんなに笑うところか?」
「ううん、そうじゃなくて……」
名前は言い淀み、視線をさ迷わす。適切な語を探すように、眉を寄せて。そしてゆっくり言葉を選びながら、彼女は続けた。
「私は別に、もっと頼ってくれてもいいのになぁって。落ちぶれるなんて言うけど、女の人ってみんなそういうものなんじゃないかしら。つまりは……そう、例えば子供にするみたいな……」
そこまで言って、名前は首を振る。
「子供だなんて、失礼な話よね。ごめんなさい」
「謝ることはねぇよ。オレも気にしちゃいない」
「ううん、今のはよくなかったわ。だってこれじゃあ、あなたが不自由になって喜んでるみたいだもの」
プロシュートは「違うのか?」と言いかけて、口を噤んだ。それは意地の悪い質問だ。プロシュートは彼女を責めたいわけじゃないし、負い目を感じてほしいわけでもない。だから、真実を突きつけるのをやめた。今のままでいい。世の中には知らないままでいいこともある。これは、そのうちのひとつだ。
プロシュートは改めて台所に立つ名前を見た。逃げるように身を翻した彼女を。その青ざめた膚や、白くなった唇、僅かに震える指先を見つめた。
「オレは、それでもいいけどな」
呟きは、吐息と共に溶かした。だから彼女が「何か言った?」と首を傾げても、答えは与えない。
名前は、知らないままでいればいい。彼女の浮き足立つ心が、一種の勝利感ゆえであることなど。それすらプロシュートが受け入れていることなど──知らなくてもいい。
プロシュートはコーヒーを一口飲み、それからまた己の空白を見下ろした。失われた右腕。それは永遠の証だ。この傷のために彼女が離れられないというなら、利用するまで。それが同情であろうと支配欲であろうと構わない。
必要なのは永遠、ただそれだけだった。