氓U
第一印象は『都会らしくない女の子』だった。『山奥の神社にでもいそうだ』、と。田舎育ちの自分のことは棚に上げて、野薔薇はそう思った。
名前──たったひとりの、同性のクラスメート。その第一印象は今でも覆っていない。
「今度はどこに行ってたのよ」
五日ぶりに登校してきた同級生に、『そういえばどこでの任務だったかも聞いてなかったな』と思い出し、訊ねる。
最後に会った時、彼女は担任教師に半ば誘拐のような形で連れ去られていった。そこからはまったくの音信不通。曰く、『携帯の電源が切れてしまっていた』とのこと。そんなバカな。彼女だけならまだしも、『あの』五条悟まで?
わざとなんじゃなかろうかと疑うのは何も野薔薇だけではない。伏黒も「五条先生ならあり得るな」とひとり納得している。「おおかた、『二人きりの時間を邪魔されたくなかった』とか、そんな下らない理由だろ」大の大人が……などという反論が通じる男ではないのは野薔薇も薄々察しているところ。
五条のことも名前のことも大して知らないけれど、二人の関係が常識では測れないことくらいは野薔薇でもわかることだった。
閑話休題。
「イギリスです。北西イングランドの……カーライルまで」
「はぁ、そりゃまたご苦労なことね」
「カーライルってどこ?」とどうでもいい疑問を呈する虎杖のことは無視する。「スコットランドと接してるとこ」いちいち教えてやる伏黒も纏めてスルーだ。
男共ってほんとどうしようもない。少しも心配にならなかったのかしら。
「それで?大丈夫だったの?」
「はい、この通り。私は元気ですよ?」
「バカ、そっちじゃないわよ。……五条先生には何もされなかったでしょうね?」
別に任務の失敗なんか気にしちゃいない。その点でいえば五条悟が同行者の時点で保証されている。野薔薇が危惧したのは別のこと──頼れる同行者、その男の危険性についてだ。
──なのに名前ときたら!
「ふふっ、五条先生が危ないことをするわけないじゃないですか」
騙されてる。絶対、絶対、騙されてる。
野薔薇は常々そう主張しているのだけれど、名前にはなしの礫。「五条先生は優しい人ですから」そんな夢見がちなことを言って、笑っている。
まったくもう、人の気も知らないで。
「でも心配してくださってありがとうございます。連絡できなくてごめんなさい」
「……そ、」
でも濁りのない目を、笑顔を向けられると、それ以上何も言えなくなってしまう。名前が本心からそう思っているのだと伝わってくるからこそ、口を噤むしか他なくなる。
「あっ、釘崎が照れてる」「うるさい」余計なことばかり言う虎杖にチョップを食らわしてやってから、咳払いをひとつ。
「ま、過ぎたことを今さらあれこれ言っても仕方ないしね。これから気をつけてくれればいいわ」
「はい、肝に銘じておきます」
「素直でよろしい」
その素直さが仇にならなければいいけど。……なんて、母親じみたことを思ってみたり。
「そうだ、皆さんにお土産があるんですよ」
「マジ!?イギリス土産!?」
「それを早く言いなさいよ」
「言わせなかったの釘崎だろ」
テンション高く身を乗り出す。
と、広げた手のひらの上に置かれたのは──……?
「なに、これ」
「石ころ……?」
「はい、呪いの石です」
………………
「なっ、なんてもの寄越してくれるのよ!?」
ていうか、どうしてそんなものを。
「今回の依頼は『この石にかかった呪いを解くこと』……、だったんですが、色々あって……、粉々に」
「それって大丈夫なの?」
「大丈夫じゃなかったんですが、そこは五条先生ですから。ね?」
「なるほど……」
恐る恐る、手の上の小石を覗き込んでみる。
一見すると何の変哲もない石ころ。だけど、よくよく観察してみれば一部に文字のようなものが書いてあるのがわかる。
「そこに書いてあるのは古代語……、『彼らの頭の上から足の裏に至るまで、すべてを呪う。彼らがまず首を吊られ、獣たちに屠られ、その亡骸が忌み嫌われることを強いる』……つまりは侵略者を呪う言葉です。欠片ですから以前ほどの効力はありませんが、お守りくらいにはなるそうですよ」
「お守りかぁ、いいね」
「呪術師にはぴったりじゃん!」なんて、呑気なことを言うのは虎杖くらいなもの。さっぱり呪術師らしくない。
それに名前も。あの五条悟と付き合っていられるのだから、やっぱり規格外だ。そんなおどろおどろしい言葉の連なり、たとえ古代語だって手元に置くには躊躇いがある。
……というのももちろん本心だけど。
「……しょうがないわね、貰ってあげるわ」
友達の厚意を無駄にするほど性格は悪くないつもりだ。だから『お守り袋にでも入れておけば問題はないだろう』と考え直した。それにこういうものは扱い方さえ間違えなければいいと、これまでの経験で学んでいる。
……とはいえ、
「虎杖はともかく……伏黒、あんたまで普通に受け取るなんて、意外」
裸のままポケットに突っ込むなんて、それでよくもまぁ平然としていられるものだ。
野薔薇が呆れていると、「今さらこんなことじゃ驚かない」と伏黒は言う。
「昔から名前はこうだったからな」
「こう?」
「……変人」
「ああ、」
まぁ、そんな気はしてた。山奥の神社にでもいそうな、物静かな女の子。……枕詞に、世間知らずで風変わりな、とつくけれど。
でも、悪い子じゃない。
「よかった。お土産なら食べ物の方がいいかと思ったんですけど、五条先生の助言に従って正解でしたね」
「……五条先生はなんて?」
「『みんなは呪術師だから、その役に立つものの方が喜ばれるよ』って」
「あの男……」
……だからどうしてそこまでの信頼を寄せられるのか。普段の行いを見て、何も思わないのか。だったら人を疑うことを知らなすぎだ。箱入り娘もいいところじゃないか。
色々言いたいことはあった。あったけれど、それらを飲み込んで、野薔薇は名前の両肩を掴む。
「あんたのことは私が守るから」
「はい……?」
「だから……いい?疑問に思うことがあったらすぐ私に相談するのよ?わかった?」
「はぁ……、えっと、ありがとうございます……?」
使命感に駆られる野薔薇とは対照的に、名前は不思議そうな顔。
でもそれでいい。いざという時は私が守ってあげれば、それでいい。
野薔薇が決意を固める後ろで、伏黒は溜め息を溢す。
「……人誑し」
そう呟いた彼自身、十年ほど前に野薔薇と同じような台詞を口にした過去があるのだが……。
それはまぁ、余談である。