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結婚式というのはまったくのデタラメで、実際のところは捜査一課による警備訓練だとわかったのは当日、拳銃を持った男たちが乱入してきた時のこと。蘭と園子を守らねばと咄嗟に前に出た後で、名前はその拳銃が偽物だと気づいた。
ネタばらしを受けガッカリした様子の友人たちの隣で、『気づけてよかった』と、名前はひとり胸を撫で下ろす。じゃなきゃ一切の容赦なく息の根を止めているところだった。
この国の警官といえば即ち降谷零の同族。仲間というのは少し違うのかもしれないけれど、そんな人たちを殺してしまったら──考えるだに恐ろしい。甘やかされて育った今、こんなところで家なき子にだけはなりたくない。
「あーあ、せっかく今後の参考にしようと思ったのに」「もう、園子ったら……」「でもよくお似合いだと思いますよ、蘭さんも園子さんも……」「やだ名前ったら!」夢見る乙女二人を微笑ましく思っていると、携帯に着信が入った。……公衆電話からだ。
「……もしもし?」
二人に断りを入れ、その場を離れた名前は、それでもなお声をひそめた。
──なんだか厭な予感がする。
そしてそういう直感ほど当たってしまうものなのだ。悲しいことに。
「もしもし、飛田です。名前さん……ですよね?今おひとりですか?」
「ええ、周りには誰も」
着信の相手は名前と同じ猟犬。属する世界は違えど仕える主は同じ──ということで名前が一方的に親近感を抱いている警視庁公安部の男、風見裕也であった。
とはいえ彼の方は名前が【降谷零】の犬であるとは知らない。彼にとっての名前は【安室透】の協力者、そのひとりにすぎないはず。
なのだけど、どうして彼が?……そんな疑問が生まれる傍ら、予感が黒く蠢く。
どうして、なんて。本当はわかっているでしょう?わからないふり、わかろうとしていないだけで、目を逸らし続けることなんてできやしないのに。
そうだ、その通りだ。彼が連絡をしてくるということはつまり──
「……すみません、ふ……安室さんから伝言です。その、急な依頼が入ったとのことで……当分帰れそうにない、と」
あぁ、やっぱり。
「……そうですか」
そういうことなのね。淡々と応じながら、けれど名前は自身の顔が歪んでいくのを感じていた。
彼が部下に言伝を頼むなんて余程だ。むやみに危ない橋を渡るような人ではない。そんな彼が危険を承知で、部下を介しての伝言を試みた。つまり今の彼は身動きの取れない状況に置かれているということ。でも部下と接触できるのだから拐われたわけではないのだろう。組織に素性が割れたという線も薄い。
……いったい彼の身に何が起きたのか。
焦燥ばかりが募る。歯痒さに胸を掻きむしりたくなる。でも、何もできない。何も聞けない。
「わかりました。……無事をお祈りしていると、お伝えください」
そう言うことしかできないのが、もどかしくて悔しくて堪らない。
「必ず伝えます。それから、もう一点……」
「はい?」
「……『今回は大人しくお留守番してるんだよ』」
「……ふふっ、それ、あの人の真似ですか?」
普段よりも柔らかな声音。それが上司の声を模したものだと数拍の後に気づき、名前はちいさく笑った。
真面目な彼のことだから、今も真面目な顔で【安室透】を演じてくれたのだろう。その様子を想像すると、少しおかしかった。……風見には申し訳ないけれど。
「……すみません、忘れてください」
「いえ、ありがとうございます。気を遣ってくださったのでしょう?私が気落ちしていると思って……」
「いえ、その……出過ぎた真似をしました」
「謝らないでください。お陰で元気が出ました」
それに、自分がどうすべきかもわかった。
もちろん、伝言の通りに大人しくしている……なんてことはない。名前の性格を熟知している降谷が、意味のないメッセージを残すはずがなかった。
つまり今の言葉には反対の意味が隠されている。大人しく──目立たず騒がず、静かに時を待て、と。そう彼は言いたいのだ。
身動きのとれない状況。名前自身も表立って動ける立場にはない。組織の目だって気になる。そんな中で彼が選ぶ【協力者】といえば──名前の脳裏に浮かんだのは、ひとりの少年だった。
「……あなたのお望みのままに」
ならば私は彼の手足となろう。それが【主】の望みならば。
見上げた窓の向こうはどんよりとした曇り空。でも名前の目には、重たい雲の隙間から僅かに光が滲んでいるのが見えた。それは希望で、期待で、信頼の証でもあった。
……あの少年に頼るしかないのは、ちょっぴり悔しいけれど。