「なまえちゃん、それ終わったら買い物頼んでもいい?茶葉を切らしちゃったのよ」

掃除をしていると後ろから先輩に声をかけられたので、なまえは手を止めてはいと返事をする。ついでに少しうろうろして街を覚えてくるといいわ、と買い物かごとメモを渡され送り出されて、途方にくれた。
かぶき町の街は人が多い。
夜はまたネオンが輝いて雰囲気が変わるらしいけれど、気をつけなければ行き交う人と肩がぶつかってしまいそうになるこの人混みに、彼女は未だに慣れずにいた。

「うん、まずはスーパーに行こう」

田舎から奉公に出されたなまえにとってこんな都会での生活は初めてのことばかりで、最近になってようやく迷わずに大江戸スーパーへ行けるようになったほどだ。江戸出身の先輩女中は田舎の方が目印がなくて道を覚えるのが大変でしょうと笑っていたけれど、都会の街並みというのはどれも似たように見えて仕方ない。
手持ち無沙汰なので買い物メモを確認する。女中たちのおやつに、お茶っ葉、それからマヨネーズ10本。おそらくほとんどは副長の土方が消費するものだろうと思うと彼の身体が心配になった。

「…あれ?」

土方が白ご飯に山盛りにマヨネーズをかけているところを思い出して胸焼けしそうになっていたところで、なまえは足を止めた。どうやら曲がらなければいけない角を過ぎてしまったらしい、いつの間にか通ったことのないところまで来ていた。
真っ直ぐ歩いてきただけだから、引き返せばいいけれど、そこでふと先輩に言われた言葉を思い出す。早く街を覚えなさいと。

「せっかくだし…」

曲がる方向は分かっているわけだし、同じ方角へ向かえばきちんと目的地には着くだろう。そう思って手近な路地を曲がる。

それがいけなかった。

「ねぇねぇ道に迷ったの?」
「お姉さん一人じゃあぶないよ〜?」

人通りが少ない路地をしばらく進んだところで声をかけられた二人の若い男に囲まれて、この状況をどうしたものかと必死に考えてはみたけれど何も打開策は浮かばない。
逃げようにもなまえはそこそこに狭い路地の壁際に追い込まれてしまっている。走ろうにもどちらへ逃げるべきなのか分からなかった。

「俺らが案内してやるよ」

何も言えずにただただうつむいて立っていると、グイと腕を引っ張られる。どうしよう。泣きそうになる。こっちこっちと引かれる先は明らかに行っちゃあいけない更に細くて暗い路地だ。あそこに入ったらどう考えても無事に帰ってこられない。

「い、いや、!」
「かっわいい声〜」

必死に腕を振り払おうとするも女の力程度では大の男はビクともしなかった。
どうしよう。どうしよう。
ニヤニヤ笑うふたつの顔が恐くてぎゅっと目を瞑った、その時、

「なーにやってんのあんたら」

やけに間延びした声が聞こえたかと思うと、「ぐえっ」とカエルの潰れたような声がふたつ。それからなまえの肩を捕まえていた腕が離れていった。

「…え?」

恐る恐る目を開けると、目の前には眩しいくらいの銀髪。

「あー…あんた、大丈夫?」

ぽかんとしているなまえを見て、銀髪の男は頭を掻いた。よく見ると死んだ魚のような目をしている。
二人組の男は向こう側で完全に伸びていた。

「なに?喋れないの?それとも助けてもらった俺にうっかり惚れちゃいましたーみたいな?…っておい!」
「……こ、怖かった…」

助かった、そう思ったら急に力が抜けてしまって、なまえはへなへなとその場に崩れ落ちた。よく考えたらさっきまでしっかり立てていたことの方が不思議なくらい、その足は頼りなく震えている。

「えーと。あんた何処まで行くの?送ってこうか」

そんな彼女を見兼ねたらしい、男がそう言って手を差し出してくれたので、ありがたくその手を借りて立ち上がらせてもらう。膝についた砂を払うと、そういえばまだお礼も言ってなかったと、目の前の恩人に頭を下げた。

「ありがとうございました、助かりました」
「まー気にすんな。で?どこ行くの?」
「大江戸スーパーです」

目的地を聞いた男はスタスタと歩き始める。白い着物を着崩した不思議な格好の彼の腰には、一瞬真剣かと思ってひやりとしたけれど、なぜか木刀がぶら下げられていた。

「あのう、お名前を伺っても…?」

何かお礼をしなければ、と思うのだけれど今はあいにく時間がない。のんびりしておいでとは言われたものの茶葉がないということは午後に書類整理に追われる隊員達に出すお茶がないということだ。
なまえの声に、ダルそうに前を歩いていた音は足を止めて、顔だけこちらを振り返った。

「人に名前聞く時は、自分から名乗るのが礼儀でしょーが」
「す、すみません…わたし、みょうじなまえといいます」

たしかにこの人の言う通りだ。慌てて名乗ると、ずっと脱力してむすっとした顔だった彼はようやくにやりと口角を上げた。

「坂田銀時だ」

きらりと、太陽があまりにも眩しくその銀髪を光らせる。なまえがこの街へ出て初めて名前を聞いたその人は、えらく力の抜けたあくびをしてから、その銀髪に負けないくらいに眩しく笑った。





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