その空虚には覚えがある。
だから止めなくてはいけない。なまえは必死だった。
「だめ、銀さん、待ってください!」
夢中になって銀時の脚にしがみつくと、銀時が驚いてこちらを見下ろしてくる。
「駄目です、坂牧さん、あなたは…!」
次になまえの声を遮ったのは、地響きと爆発音だった。
振り返ると会場の出入り口のうちの一つが扉ごと内側に吹き飛んだらしく、粉々になった瓦礫と煙がもうもうと立ち込めている。会場にいた客人たちがパニックで気絶しかけている中、煙の中から現れたのは、バズーカを担いだ沖田だった。
「ちょっ、総悟オォォォ!!突入指示まだ出てないよね!?トシたちが人質の安全確認してからって俺言ったよね!!?」
「大丈夫でさァ、近藤さん。死人が出ても土方のヤローのミスってことにしやしょう。最悪局長の責任で」
「結局俺に押し付けるつもりじゃん!!!」
「こちとら非番の日に駆り出されてイラついてるんでさァ」
「八つ当たりだよねそれ!?」
隊士たちを引き連れて賑やかに入ってきた沖田はなまえの姿を見つけるとわずかに目を見開き、近藤は「えっ!なまえちゃん!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「動くな!」
今度は壇上から、またもや聞き覚えのある声がしたので坂牧の方を振り返る。会場にいた全員が沖田の起こした爆発に気を取られてる間に、自分と坂牧が入ってきた扉からも真選組の隊士たちがなだれ込んできていた。
「坂牧、観念しろ!この会場は完全に包囲されている!」
言って、先頭に立って隊士たちを従えていた土方は、なまえと銀時の姿を見つけると思い切り顔を顰めた。しかしすぐに坂牧へ向き直り、「武器を捨てろ」とドスのきいた声で言う。
「思いの外早かったですね」
しかし真選組に囲まれた上に、なまえという人質も失ったというのに、坂牧は少しも焦る様子がない。
「君、付き合わせて悪かったね。名前は?」
「え……?」
悠然とした態度で尋ねられて、なまえは思わず「なまえ、です」と答えた。坂牧は満足げに頷くと、「いい名前だ」と笑った。
嫌な予感が、する。
そもそも会場の外であれだけの爆発を起こしたのだ。わざわざ会場内にいる客人たちが通報しなくとも、大きなこのホテルには他に人間がごまんといる。真選組が出動するのは目に見えているはずだった。
それなのに坂牧は外部との交渉の手段を用意せず、単独だというのに参加者が多く広い会場を選び、大した武装もなく乗り込んできている。ホテルの構造や従業員通路の使用状況などをしっかり調べている割には、随分ずさんな計画だ。
考えれば考えるほど、なまえは自分の予感が濃くなっていくのを感じて、ズキズキと痛む足も御構い無しに立ち上がった。
「坂牧さん!!」
周囲にいた全員の視線が集まるが、なまえは怯むことなく坂牧を見据えていた。
「駄目です!お願いですから、やめてください!」
「いいか、この場にいる者はよく聞いておけ!!」
叫ぶなまえの声を遮るようにして、坂牧が声を張り上げる。
その視線の先には真選組の突入でホッとしたらしい花田夫妻がいた。もう壇上に向かう気など微塵もないらしく、こちらに背を向けていた二人がまたギクリと立ち止まる。
坂牧はその様子を軽蔑しきった表情で見ると、鼻で笑った。
「そこにいる花田夫妻と、今日私の計画を察知しながらここへ自分の娘の身代わりを寄越した十文字家の当主の悪事の全貌を、報道機関に流した」
会場にいたパーティの参加者たちがどよめく。花田夫人がヒッ、と短く引き攣った悲鳴を上げた。
坂牧はぐるりと会場を見回して、それからなまえを見つめた。
「…ここに居合わせたあなた方は目撃者だ。真実が握りつぶされることのないようにするための、証人だ」
「坂牧さん!」
「おい、なまえ…?」
「あなたの婚約者はそんなこと望んでない!」
怪訝な顔をする銀時の腕を振り払うと、少しずつ壇上に躙り寄る。
ピンヒールが邪魔だ、そう思って脱ぎ捨てると、ずっと薄暗い目でなまえを見下ろしていた坂牧がふと目を細めた。花田夫妻へ向けられていた銃口は、今度はなまえの方を向いている。
「…彼女が望んでない?そんなことは分かってる」
視界の端で、隙のできた坂牧に飛びかかろうとする隊士を土方が制するのが見えた。
違う、今すぐ止めて。そう思うのになまえはそれをうまく伝える術が思いつかず、ただ、今目を逸らしてしまうとすぐにでも坂牧が、それを実行してしまいそうな気がして見つめ続けるしかできなかった。
「だからこれは僕の自己満足だ。あの汚い連中に一矢報いるためのね。それに…」
銃口が揺らぐ。それがどこへ向くのか、なまえには分かっていた。
「彼女がいない世界で、僕は生きてはいけない」
「待っ、……!!」
分かっているのに。
自身のこめかみへ銃口を押し付ける坂牧と、土方の怒号と、それに反応して押し寄せる隊士たち。
晴れ晴れとした表情の坂牧の人差し指が、引き金を引くのが、まるでスローモーションのように見えた。
銃声が響く。坂牧の身体が、力をなくして崩れ落ちる。
踏み出したはずの右足は身体を支えることなく、なまえはがくりと膝をついた。
「なんで…」
呆然としているなまえの目の前で、土方や他の隊士たちが坂牧の死亡を確認し、会場内では近藤がパーティ参加者をなだめ、外へ誘導する声が飛び交い始めた。
どうして。頭の中でそればかり繰り返しているなまえの肩に、銀時がそっと自身のジャケットをかける。
「なまえ、」
「ぎん、さん、わたし…」
「悪かった、なまえ」
「わ、わたし、…分かって、た、んです。分かって…、なのに、」
話しながら、急に手の震えが止まらなくなって、なまえは両手を握りしめた。その上にポタリと水滴が落ちて、ようやく、自分が泣いていることに気づく。拭おうとするのに、震える手には力が入らなかった。
泣くな、泣くな、泣くな。何度も言い聞かせていると、銀時の大きな手が伸びてきて、なまえの肩を抱いて引き寄せた。
「お前は悪くない」
低い声はひどく優しかった。
「俺のせいだ。辛い思いさせちまって、悪かった」
はっとして顔を上げると、苦しそうに眉を顰めた銀時と目が合う。
慌てて首を振ったが背中をさすられるとやはり駄目で、なまえは何も言えずに銀時の肩口に顔を埋めるしかできなかった。
170929
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