今いる通路が緊急時に使われると言っていたからなのか、サイレンが鳴り出した後の坂牧は歩くペースが格段に上がった。転ばないようになんとかついていくと、『ホールA』と書かれた扉の前にたどり着く。中からは女性の悲鳴や、グラスの割れる音が聞こえてきたので、おそらく先ほどまで自分たちがいたパーティ会場だろうとなまえは思った。爆発はこの中からだろうか。銀時は無事なのか、瓦礫に埋もれる銀髪の彼の姿が頭をよぎったので、縁起でもないと慌てて目を瞑り首を振る。
顔を上げると坂牧がドアノブに手をかけ扉を開いたところだった。継いで肩に回されていた腕が首に巻きついてきたので、首を圧迫されたなまえは半ば引きずられるようにして会場に足を踏み入れる。

バァン!耳元で破裂音がして、なまえは首を竦めた。何人もの女性たちの悲鳴も聞こえたが、そんなものは比にならないくらいに、発砲音は凄まじかった。

「お静かに!!」

坂牧の声が響く。恐る恐る辺りを見回すと、会場内は爆発が起こったような形跡はなく、しかしなまえと坂牧が立っている簡易的な壇上の対面の壁にある3つの扉は、どれも奇妙に歪んでいた。爆発は扉の向こう側で起こったようだ。

「申し訳ないが出口は封鎖させてもらいました。皆さんに危害を加えるつもりはありませんので、ご安心ください。ただし、」

バァン!また発砲音が響く。
今度は天井に向けてではなく、一人の男性スタッフに向けてだった。

「私の許可なしに動こうとすれば話は別ですが」

通報しようとしていたのだろう、携帯電話を手にしていた男性は、着弾してカーペットの抉れた足元へ目をやるとぶるぶる震えて手から電話を取り落とした。
なまえは室内に視線を走らせて銀時を探す。しかしどこにもその姿は見当たらなかった。
銀さん。心の中で叫ぶがやはり銀時を見つけることはできなかった。

「花田夫妻、壇上へ来ていただけますか」

坂牧の口調には有無を言わせぬものがあった。会場の出入り口に一番近いところにいた花田夫妻が、ギクリと身体を揺らしたのが、離れたところからでもよく見えた。

「従っていただけないのならこの十文字家のご令嬢を殺します」

こめかみに押し当てられた銃から漂う硝煙の匂いに思わず顔を顰める。花田夫妻が動く気配は一向にない。
二人は何かをこそこそとやり取りした後、夫の方がおどおどと叫んだ。

「そ、そんな女は知らん!いいか、そいつは替え玉だよ!!お前、あの時の女の関係者だろう、十文字はとっくに気付いて…」

バァン!
今度こそ坂牧はわざと外したりはしなかった。
腹に銃弾を受けた花田が呻き声を上げて崩れ落ちる。夫人はほとんど泣きながら、その隣へ行って夫をかばった。

「さ、逆恨みよ!逆恨みだわ!大体、わたくしたちはあの男に指示されただけで…」
「夫人、早くご主人を連れてこちらへ。次はあなたではなく会場の客人たちを無作為に撃ちます。それとも今ここであなた方のしてきた事を詳らかにお話ししましょうか」

夫人が青ざめて絶句する。坂牧が脅しではない、という風に会場内へぐるりと銃口を向けると、夫人はようやくすすり泣きながら夫に肩を貸して歩き出した。

「坂牧さん、」
「…黙って。君にはやってもらうことがある」

囁くように言われて、なまえが後ろを振り返ろうとした、その時だった。
上から突然、黒い塊が落ちてきて、坂牧の背後に降り立った。坂牧が舌打ちして背中を突き飛ばしたので、なまえの身体はぐらりと壇上から下へと傾く。

「っ、!」

落ちる。息を飲んで地面に叩きつけられるのを覚悟したが、しかし倒れるよりも前に、腕を掴まれ引き寄せられた。誰かに抱きとめられたらしい、いつまでも衝撃は来ずに、代わりに暖かい体温がなまえを包んだ。

「おいおいおい、せっかく気持ちの悪いベタベタのワックス我慢したのによォ、なんだよコレすぐ崩れんじゃねぇか」

ずっと探していた声。どこどなく甘い、今日1日でずいぶんと嗅ぎ慣れてしまった匂いに、なまえは思わず泣きそうになるのをぐっとこらえた。

「…ぎ、ぎん、さ、」

名前を呼ぶと、十文字の家で綺麗に撫でつけられていたはずの髪をふわりと揺らしながら、銀時は抱きとめたなまえの顔を見て「怪我は」と言った。

「してま…せん、銀さん、わたし…」

そう答えたというのに、急に右足に激痛が走ってなまえは座り込む。見れば足首が赤黒く腫れていた。緊張のあまりにか、足を捻ったことにも気付いていなかったらしい。
その様子を見て眉を顰めると、銀時はなまえの頭をくしゃりと撫でて背を向けた。どこから持ち出したのか、いつもの木刀の切っ先を坂牧の方へ向ける。

「無関係の女に怪我させるとはいい度胸だなァ、テロリストさんよぉ」

喋り方はいつも通り、飄々としているはずなのに、その背中はなまえでも分かるほどに殺気立っていた。相対している坂牧はそれでも怯む様子もなく、笑っている。目の色は相変わらずの空虚だ。

「銀さん、だめっ…!」

なまえの声が届いているはずなのに、銀時は振り返らない。
止めなくては。二人を。坂牧を。だってあの目は、いけない。
…いけないのだ。





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