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ピンク色の綿菓子をできるだけ優しく小さくちぎって、それからそこら中にまき散らしたいような、そんな感じの気持ちだった。
ぼうっとしながら、今日の昼休み、こっそり言われた言葉を思い出す。
「じゃあ、俺とーーー」
思い出すだけで耳までカッと熱くなったのでベッドにダイブして枕を殴りつけた。なまえうるさいぞ、と隣の部屋から声が飛んできたので縮こまって布団にくるまりじたばたする。
今朝、いつものように睡魔と闘いながら起きたなまえは、こんな事になるなんて一ミリたりとも予想できなかった。
「あーっ!ちょっとちょっと、聞いてよスガくん!!」
お昼休み、渡り廊下にある自販機にジュースを買いに行くと見知った顔がいたので、友だちと一緒というわけでもなかったなまえは駆け寄ってその人を捕まえた。運動部であるのに色素の薄い白い肌をした菅原は、柔らかそうな髪を揺らして振り向く。いきなり腕を掴んだからか、びっくりしたように目を見開いていた。
「なまえちゃんかぁ、びっくりするじゃん」
「ごめんごめん。あのね、聞いてよ!また…」
「また大地が何かしたの?」
まるで当然のごとく重ねられた言葉になまえはぶんぶんと勢いよく首を縦に振った。
「もうね、ほんっと信じられないんだよ、お兄ちゃんさあ、」
澤村大地は彼女のひとつ上の兄で、菅原はその兄と同じバレー部だ。
少々、いやかなり過保護というかシスコンの気がある澤村は、高校に入ってから更に拍車がかかってしまったというべきか、とにかくなまえの恋愛事情にものすごく厳しい。
昨日、同じクラスの男子に一緒に帰ろうと誘われてちょっとソワソワしながら家の前で話し込んでいたら、ちょうど帰ってきた澤村と鉢合わせてしまった。彼は「こんな遅くまで人の家の前で話し込むんじゃないよ」とか「我が家には門限がある」とか怖い笑顔で並べた挙句に、「なまえの彼氏か?」とトドメをさした。
かわいそうな事にただ一緒に帰っただけの男子は、その威圧感に震え上がり、「違います!!!」とだけ叫んで逃げ帰ってしまったのだ。半泣きで走り去るクラスメイトをちょっと良いなと思っていたなまえは、その背中を止めることができずにただ見送るしかなかった。
「もうほんとやだ、わたしに彼氏ができないのはお兄ちゃんのせいだと思う」
「確かに大地はちょっと過保護すぎるからなー」
「お父さんが二人いる気分だよ…」
高校に入ったら絶対に彼氏を作る!と決めていたなまえだったが、いざ良い感じの男の子が現れると大抵兄の邪魔が入る。澤村としては悪い虫をつけないように、というつもりなんだろうけど、二年になった今では澤村なまえの兄はおっかない、というような噂が広まってしまって、今やなまえに校内で彼氏を作るチャンスはほぼ残されていないように思えた。
「お兄ちゃん相手にはどんな男の子連れてっても駄目だって言われそう…」
「うーんたしかに」
うはは、と笑う菅原はどこか他人事である。その横顔を見ながら、なまえはきっと菅原は優しいし物腰も柔らかいし笑うと可愛いし、モテるんだろうなあなどとぼんやり考えた。
「たぶんスガくんみたいな人連れていかなきゃ駄目そう」
「えっ?俺?」
それにバレーをしてる時なんかはすごく格好良い。
なまえが烏野に入る前から、菅原や東峰はよく家に遊びに来たりしていて、今年に入って応援に誘われて初めてバレーの試合を観た時はそれはそれは興奮した。中学からバレーをやっていた兄に、なぜ今まで試合に呼んでくれなかったのかと言ったくらいだ。
「旭くんはへなちょこだから駄目とか言われそうだし」
「ぶはっ、それはちょっと想像できる」
年下は可愛いけど付き合うって感じじゃないし、田中は坊主だし、ノヤは性格めちゃくちゃ男前だけどわたしの方が大きいし、などと言いながらなまえはベンチの下に投げ出された自分と菅原の足をじいと見つめた。
菅原の足はなまえのものよりもずっと大きい。
すごいなぁ、男の子。そう思いながら何センチくらい違うのだろうかと靴を並べようとジリジリ足を動かしていると、不意に「なまえちゃん、」と呼ばれたので、別に悪いこともしていないというのになまえは弾かれたように菅原の方を見た。そんな彼女を知ってか知らずか、菅原はちょっと笑うと、身体を少しだけなまえの方へ寄せて声を顰める。
「じゃあ、俺と付き合ってみる?」
そうして自身を指差してにこり、笑ったので、なまえはすぐには何を言われたのか分からずに瞬きを数回繰り返した。
ふわ、と風が吹いて髪の毛を柔らかく絡め取っていく。
視界を邪魔するそれを耳にかける。予鈴がいつもよりずっと遠くで鳴った。
あ、行かなきゃ。他人事のようにそう思ったけれど、自分を見つめている菅原の目がいつまでもそれを許してくれないように思えて、なまえは立ち上がることもできずにぼんやり座ったままだった。
「予鈴鳴ったべ」
「………う、うん」
声が少し震えているのがばれないだろうか、手の平にじんわり滲んだ汗を誤魔化すようにジュースのパックを握ったままもじもじ動かすと、それはひょいと菅原の大きな手によって取り上げられた。
「ま、考えといて」
言って、いたずらっ子のように笑った菅原は、二人分の空のパックをゴミ箱へ放り込むと、またね、と言って校舎の方へと消えていった。
ばらまくシュガーと昼休み
161019