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「…なまえ、もしかしなくても何かあったか?」
食卓にずらりと並べられた色とりどりの夕飯達を見て兄が言った一言に、なまえはぎくりと肩を揺らす。
「ご、ごめん作りすぎた…」
「いや、俺は別にいいんだけどね?うまいし」
「うん…」
中学の時から趣味でやり始めた料理は、作っている間は無心になれる為か、どうにも悩み事や何かあった時に大量に作りすぎてしまう傾向があった。こっそりとポケットに入れたスマホを撫でる。
『明日、部活オフになったから、一緒に帰る?』
菅原からそう連絡が来たのは昼過ぎだった。弁当の唐揚げを頬張りながら何の気なしにスマホを開いたなまえは、不意を突かれて息を飲んで立ち上がった。ガタガタッと椅子がひっくり返ったので慌てて引き起こす。「なまえどしたの」驚いて声を上げる友人に何でもないと笑いながら、そうっと椅子に座り直した。
『スガくん用事とか大丈夫なの?』
送信してから、我ながら可愛くない返事だと後悔する。
しかしすぐにまた着信音が鳴ったので、今度は慎重にメッセージを開いた。
『暇してるから、なまえちゃんがどこか付き合ってくれると嬉しいんだけど』
菅原らしい返事に思わずほっとして、それじゃあとOKのスタンプを押す。自然とゆるむ表情にしかしすぐに、これはデートというやつだろうかという考えが浮かんで、お腹のあたりが重たくなった。
考えておいて、と言われたものの一体いつこの間の告白の返事をすればいいのか、未だにタイミングを掴めずにいる。明日一緒に帰る、ということはもしやそういうことだろうか。
「ど、どうしよう…」
「何が?」
「あ、ううん。大丈夫、何でもない」
紅茶のパックを握り潰さん勢いで引っ掴んでズズッと吸い上げる。
午後の授業は比較的好きな世界史だったというのに、一向に頭に入らないまま、気がつけば下校の時刻になっていた。
「…で?何があったんだ?」
もんもんと悩みながら作った割に上手くできた角煮を突きながら聞かれて、なまえはどうしたものかとあちらこちらへ視線をうろつかせた。父は出張、母は父に代わって自治会へ出席しているために、今は家には二人しかいない。
まさか貴方の部の副主将であるスガくんに告白された上に明日一緒に帰ろうと誘われています、とは言えるわけがない。言えば目の前の過保護な兄は菅原に今すぐ電話をかけるかもしくは直接会いに行くだろう。何と言えばいいか悩んだ末に、なまえは「田中が勉強教えてくれってうるさいんだけど、なんかあった?」と話題を逸らそうと試みた。兄は一瞬むっと不服そうな顔をしたけれども、特に詮索する様子もなく、「いや実は東京合宿がさぁ」と話し始めたので、なまえはほっと息を吐いて、自分の分の角煮に取り掛かった。
「…旭くん?」
次の日の休み時間、二年の廊下をやたらと大きい身体が申し訳なさそうに歩いていたので、なまえはちょっと笑いそうになりながら声をかけた。「あぁ、なまえちゃん」振り返った東峰は安堵したように息を吐く。
「どうしたの、二年に何か用事?」
「いやぁ、田中が部室に教科書忘れてたから、届けに行ってたんだ」
「あんの坊主頭…」
先輩に教科書を届けさせるとは何事か、と低い声を出すと、東峰が笑って「その怒り方、大地にそっくりだな」と言ったので、なまえは不本意そうに唇を尖らせる。廊下ですれ違った二年生らしき生徒が数人、ちらちらと振り返りながら通り過ぎて行ったので、東峰はまた自分が怖がられているのだろうかと思ったけれどもそれだけではないらしい。
「田中この間も授業中に寝てたってお兄ちゃんがすっごい怒ってた。なんか最近勉強教えてくれってうるさいから、縁下に頼めばって言ったんだけど…」
視線は目の前で楽しそうに喋り続けているなまえにも向けられているようだった。
兄の澤村とどことなく雰囲気だとか目元なんかは似ているが、初めて出会った中学の頃よりも幾分か垢抜けて女の子らしくなっている。明るくよく笑うし、分け隔てなく誰とでも話すなまえはおそらく、そこそこに人気があるのだろう、「この間あいつ男と二人で帰ってきてさ…」と頭を抱えていた主将を思い出して東峰は笑いを噛み殺す。
「あっごめん、もう休み時間終わっちゃうよね!」
「ああうん、大丈夫だよ」
「今日部活休みなんだよね、ゆっくり休んで」
「はは、ありがとう」
踵を返してから、どうしてなまえが部活がないことを知っているんだろうか、と思ったけれどもどうせ澤村から聞いたのだろうと納得して歩き出す。階段に差し掛かってちらりと振り返って見てみると、なまえはぴょこぴょこと変なステップを踏みながら教室の中へ消えていった。
金平糖のステップ
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