引き裂いて貼り合わせて


「私は帰るから。それじゃあ」
「じゃあな、落武者。お疲れ」

 落武者なんて聞き慣れない単語が耳に入ってきた所でようやく頭が動き始める。が、女性は既に歩き出していた。
 お疲れ様でした、と背中に声を掛けるも何の反応もなかった。

「パートナーさん、気を悪くさせちゃった……ごめんなさい」
「別に。まぁ、アイツはいつもあんな感じだから気にしなくていいよ」

 そう言いながらさっきまで私が座っていたベンチに方美ちゃんは座り込んだ。座るということは話してくれるということなのだけど、如何せん私にはその準備が出来ていなかった。
 とりあえず横に座ってみるも相変わらず沈黙が流れる。

「エダチュー先生は元気にしてる?」
「さぁ?……先生は教室を閉めたから知らない」

 声が冷たい。必死で探した会話の糸口はどうやら地雷だったらしい。
 方美ちゃんの横顔に色はなく、瞳はいつかのようにどこか遠くを見ていた。
 その瞳がふいに私の方に向いた。最後に会ったときからさらに鋭くなった眼光に思わず背筋が伸びる。

「ナマエはなんでこんな所にいるわけ?ダンス辞めたんでしょ」
「あー……そうなんだけどやっぱり完全に離れられなくて。たまーにこうやって大会見に来ちゃってたんだ。そしたらさ、方美ちゃんが方美ちゃんを応援してて!ビックリしちゃった!」

 方美ちゃんの眉間に一気に皺が寄ったのが分かった。正直、その顔は怖い。

「何、その馬鹿な説明。俺の方がびっくりなんだけど」

 方美ちゃんってこんな辛辣な言葉を吐き捨てる子だったっけ?確かに私の言い方は良くなかったかもだけどそこまで言っちゃう?と脳内で叫ぶ。これを口にすればさらに睨まれるだろうということは短時間で学習した。

「えっと……私が初めて会った時みたいな可愛い方美ちゃんそっくりな子がいたの!で、その子が方美ちゃんを応援してて……もしかして方美ちゃんのこど……!?」

 子供、と言いきる前にほっぺたが引っ張られる。それも左右両方だ。自慢じゃないが私の頬の肉は厚くて固い。なので引っ張っても伸びないので非常に痛い。言葉にならないごめんなさいを口にした所でようやく解放される。伝わって良かった。

「ちょっとしたユーモアだったのに」
「分かってるけどなんかムカついたから」

 久しぶりだけど会話がポンポンっと弾む。昔と同じテンポで続いていく会話がとても懐かしくて嬉しかった。私のどんな下らない話にも返事をしてくれるところも変わっていない。

「声掛けるの怖かったけどまた話せて良かった。昔はごめんね、あの時怒ってたよね……?」
「あの時は。ま、ナマエも離れられないだろうって気がしてたからもう今更だね」
「離れられないって?私もってことは方美ちゃんも?」

 単純な疑問を口にするが答えたくないのか、立ち上がってキャリーバッグを引いて方美ちゃんは歩き出した。
 こちらを振り返ることなく歩く姿は、ダンスを嗜む人特有の首筋が伸びた凛としたものでとても美しい。
 そんな後姿を目にしてようやく待ち伏せまでした理由を思い出す。今なら伝えられる。
ずいぶんと先を歩いている方美ちゃんに追いついて呼びかけるが振り向いてくれない。それでもしつこく声をかけるとようやく振り向いてくれたが、煩いと顔にありありと書いてある。

「今日、方美ちゃんから何かが生み出されていくように見えたんだ。あれがダンスの美しさってヤツだったのかな?私、方美ちゃんのダンスが一番好きだよ」
「また馬鹿なこと言って……それ言ってて恥ずかしくないの?」
「全然!これ伝えなきゃって思ってたから言えて満足!」

 突発的な行動だったけど会えて、伝えられて本当に良かった。子供だったと言っても自分勝手過ぎる行動を許してくれてまた話してくれたことに感謝しなければ。
 足を止めた方美ちゃんを追い越して駅に向かう。この道を通ったのだからきっと方美ちゃんも電車だろう。駅までは一緒だ。ほんの少しだけど隣を歩けることが嬉しい。
未だに歩きだそうとしない方美ちゃんに早く帰ろう、と言っても動き出す気配はない。仕方がないのでそばに戻ってみるとじっとこちらを見ているようだった。

「方美ちゃーん?」

 目の前で手を振ってみるが返事はない。

「だから、ちゃん付けやめてくれる?ホント何から何までナマエは変わってないね、あれから何年経ったと思ってんの」
「もう今更だって!それに変わらないものがあるって素晴らしい事だよ!……きっと」
「馬鹿みたいに前向きに捉えるくせに自信ないとこも変わらないってどうなの?ちょっとは成長しなよ」

 馬鹿と連発され自然と唇が尖がる。そんな私の様子に気付くことなく、方美ちゃんは私の手を掴んだ。
 手首を掴んでも有り余っている指の長さに男の人になっちゃったんだな、なんて考えが飛躍してしまう。

「まぁ、成長してなくて良かったような気もするけど。……また見つけてくれた事はありがたいと思ってる」

 ポイっと手を投げ出されたことも気にならないぐらい驚いた。
 鬱陶しがられることを想定してダメージを軽減すべく心の準備をしていたけど、感謝されるなんて予想外にも程がある。
 言いたいこと言ったらバイバイするつもりだったのに。勝手に応援しようと思ってたのに。

「携帯!次も見に行くから連絡先教えて!」

 私が都合良く解釈するの分かってて、そんなこと言っちゃう方美ちゃんが悪い。
 割とすんなり携帯を取り出したってことは私の解釈は大きく外れてないってことだよね。
 今度は投げ出したりしない。子供の頃みたいに一緒に先生の目指していたものを捕まえに行きたい。
 こんなこと言ったら絶対に鼻で笑われて馬鹿にされるだろうけど、たった今そう決めたんだ。
 それで、少しでも共有できるものが見つかれば『まだ怖いものは見ないようにしてるの?』って聞いて『もう一人にしないよ』って言えたらいい。
 そこまで考えてふと思う。それってプロポーズみたいだと。
 子供の頃の思い出に執着しているだけのような気もするけど、久々に気持ちが高揚しているからこの気持ちに従うことに間違いはないだろう。

 そんな決意を固めながら駅までの道のりを歩く。
 実は同じ電車を使ってて、最寄り駅が一つしか違わなかったのが判明したのは大いに笑えた。
 いつでも会いに行けるね、というとストーカーの称号を頂きました。
 何とでも言え。ファンとストーカーは紙一重だ。