7/21 公園に小さい天使(?)

夕飯を食べ終えた私は今、ソファーに座りテレビを見ている母の横でゴロゴロしながらスマホにうつっている求人サイトに出ている仕事をタップしてはスクロールし、タップしてはスクロールしての繰り返しをしている。

かれこれこの作業を私は三年間ほどしている。

「名前、なかなか見つからないのは分かってるけど週一でも週二でもいいから働きなさい。ニートでもいいけど自分が欲しいものくらい買えないニートはうちで養う余裕はないわよ」
机のうえにある醤油煎餅を手に取りバリバリと食べてると行儀が悪いと言われたけれど、まったく気にしてはいなかった。
「言われなくても分かってるよー。ただね、在宅で、人と関わり合うことがまっったくなくて、仕事の時間が少なく自分の時間が多い仕事をさがしてるんだよ〜」
「…そんな都合のいい職場があるなら看護師辞めてるわ!いいから選り好みせず探しなさい!!」
「えぇー…」
お母さんの言い分はもちろん理解している。
してはいるけれど、やっぱり働くのはどうにもめんどくさい。今きっと「こいつまじでクズだな」って思ってる人もいるかもしれないが考えてみてほしい。かれこれ赤ちゃんから大学まで働くという行動をしていなかった人間がお金は発生するものの長時間拘束される。そのうえ、学校生活から開放されたはずの人間関係という人生の中で一番面倒くさい協調性(仮)をしなきゃならないなんて、とてもじゃないが発狂しない人間がおかしい。温厚で優しい二次元のキャラクター、たとえば私の最推し宇宙戦隊コスモスのコト君のような人が世の中に溢れているならいいけれど、それはあくまでも二次元の話。
あぁ、いっそのこと二次元の世界に行けたらなぁ…。
そんなくだらないことを考えているのがバレたのかお母さんはこめかみをピクピクとさせていた。こりゃまずいと思い自分の部屋へ移動しようと体を起こすとお母さんから声をかけられた。
「しょうがないわね。今日買い物してくれたらお小遣いにご…」
「はーい!お買い物いってきまーす!!」
起きかけだった体を素早く起こし玄関へと向かおうとすると「現金な子ね…」と呆れたような母親のひとりごとが耳に入った。玄関に設置されているポールハンガーに掛かっている買い物袋を肩にかけ靴を履くとリビングから「買い物リストはメッセージに入れるわね」と大きな声で言うお母さんに適当に返事をしてから家を出た。

 買い物リストを確認し少しばかり遠いスーパーへ向かう。スーパーまでの道のりは長いから、歩きながら自分の今まで歩んできた人生を振り返るとしよう。
 大学を卒業した後すぐに会社に就職することは奇跡的に出来たものの、理想と現実とのギャップ、職場内の人間関係の煩わしさ、ちょっとしたパワハラモラハラなどなど出だしから盛大に転落した。一年もしないうちに会社を辞めてアルバイトやパートを始めては辞めての繰り返し。最終的にはニート生活を初めて三年も経ってしまった。アルバイトで貯めたお金はまだ残っているものの、流石にそろそろ職を見つけないと先の人生を思うと胃が痛くなる。
そんな私を両親は何故か働かないことに激怒したり「まだ安定した職に就かないのか」と催促をすることもない。
普通なら怒りもするし催促もすると思う。私が親だったら絶対に働かない自分の子供にそう言っていると断言できる。しかし、お母さんもああは言っても無理強いをしたりしない。今この瞬間でも夜勤で働いているお父さんもあたたかく微笑みながら「君のペースで生きればいいんだよ」と言うばかり。
結局のところ私は両親の言葉に甘えつつ生活をしている超駄目人間である。
スーパーへ向かう道中、子供の頃によく遊びに行ってた公園が見えたが昼間は子供でいっぱいの公園が、今は人っこひとりいなくて少し不気味に感じた。まぁ、夜の八時だしそりゃ人がいなくて当然か。
ちなみに小学校から高校の記憶は曖昧だ。
楽しかったのかつまらなかったのかすら、今は覚えていない。


ただ、なんとなく、思い出したいと願うほどいい思い出もないのは、断言できる。


 遅い時間帯だったおかげか閑散としていたスーパーに入り、お母さんから送られてきた買い物リストに載ってるものを買い終え家へと向かう。買い物リストには私の好物の2個入りもっちり雪バニラアイスがあるところを見ると、やっぱりお母さんは私に甘いなと思う。今月中は面接やってみようかな。夏休みのシーズンだし何かしらあるだろう。…人が多いところは嫌だけど。
家に帰ったらこのアイスをどう食べようか歩きながら考えていると、スーパーへ行くときにチラリとみた公園をふたたび通った。
ただ、行きの時と違ったのは、一人の人間がいたことだ。

しかも、その人は大人ではなく“子供”だった。

「こんな時間に子供?」

 ニートであれこんな夜遅くに子供が一人公園にいるのは流石に心配だった。遠目で街頭に照らされた長椅子に体育座りで俯いて座っている子供の周りに親らしき人物がいないかキョロキョロと見て探すも、親らしき人はいなかった。公園の近くにコンビニが確かあったはずだから、きっと親はコンビニに行ったのだろうそうに違いないと勝手に思い込み、しばらく迎えに来る人が来るまで遠目で子供を見ることにした。
…しかし、よくよく考えてみれば第三者から見てこの状況は勘違いされるのではないだろうか。
今の私の格好はボサボサの髪にダルダルのグレーの部屋着に長年履き続けてきたボロボロのサンダル。
「側から見たら私、不審者じゃん」
通報されたらどうしようと苦笑いをする。しかし、子供を一人でいさせるのはやはり心苦しいのでもう少し待ってみることにする。
しかし、親らしき人が現れることはなく見守り続けて十分くらいは経ってしまった。家出をしてしまったのか、迷子なのか、それともまた他に別の理由があるのか。袋の中に入っているアイスは夜とはいえ夏。すっかり溶けてしまっているだろう。しかし、アイスよりも今目の前にいる子供が心配でならなかった。
もう数十分待って見たけれど、結局いつまで経っても来ない親にイラつき、我慢の限界を迎えた私は意を決して一人でポツンと座っている子供に話しかけてみることにした。コミュ力は下の下の下だけど、たぶん、きっと、子供なら大丈夫…のはず。
ゆっくり子供の近くまで行くと街灯に照らされた日本人には珍しい少し黄土色よりの黄金色の髪、何故か服も靴も少し汚れており、その子は人型の小さなぬいぐるみを大事そうに抱えていた。
しかし、私が一番驚き目に入ったのは、


背中にあるとても美しく綺麗な赤い翼だった。
小さい翼だけれど、作りものにしては安っぽさを感じない、羽の一本一本が生きているもののように見えた。


一部異形な姿の子供に戸惑いつつも、近くまでいき目線を合わせるため私は買い物袋を置いてしゃがんで話しかけてみることにした。
「こ、こんばんは。こんな夜遅くに、どど、ど、どうしたの?」
…どうやら私のコミュ力は子供でもだめらしい。
ずんと心に重しがのしかかったような感覚になりつつあるが、目の前にいる子供は私の吃りがちな質問に答えることはなかった。
なんとかめげずにもう一度話しかけてみる。今度は吃らないように、慎重に丁寧に…。
「お、お母さんとお父さんはどうしたの?」
「………」
「ひとり…なのかなぁ?」
「………」
どうしよう、さっそくめげそう。
知らない人に話してはいけないという親の言いつけをしっかりと守っているいい子なのか、私と同じく極度の人見知りなのか…。こういった場合はどうすれば良いんだろう。家族以外の人とそもそもそんなに話さない自分が、こんな小さい子供を助けようだなんて考えがそもそも間違っていたのかもしれない。
大人だったら即放置案件。
でも相手は子供。
放置したら危ない事件に巻き込まれるかもしれない。
悩んでも話す内容が思い浮かばずスマホで警察を呼ぼうかと思った私の目に、子供が持っているぬいぐるみを見落としていた私は頭に雷が落ちた。
私は…なんという見落としをしていたんだ!
人型のぬいぐるみと言うことは何かしらのキャラクターを模している可能性が高いじゃないか!
これだ!!!
大丈夫。オタク友達(ネトゲ)と話してる気持ち悪いテンションじゃなくて、普通に女子高生たちが「あの芸人超かっこいいよね〜」って感じの軽さで話しかければ大丈夫のはずだぶん!
「きみが持っている人形は、なにかな?」
「………」
「あ、アニメのキャラクターなのかな?それとも、私の知らない戦隊シリーズなのかな?!」
「………」

今病院にいる父上、家で私の帰りを待っている母上、助けてください。拙者にはどうにも無理そうですオワタ。

さすがにここまで無視をきめられると年甲斐もなく目の奥が熱くなるのを感じた。子供相手に涙が出そうになるとはこの数十年想像もできなかった。涙が出そうになる眼を上に向けポケットの中にあるスマホを取り出そうとした時、とてもか細く小さな声が聞こえた。
「アニメんキャラクターやなか。エンデヴァーばい」
そう言うと子供はゆっくりと顔を上げこちらを向いてくれた。少し濃いめの蜂蜜のような色の瞳にキリッとした目の形をした男の子だった。
しかし表情は子供とは思えないほど冷え切っていて、少し怖かった。
「あ、えと、エンデヴァーって言うんだね。お、お姉ちゃん知らなかったから教えてくれてありがとう」
突然反応してくれた男の子に驚きつい吃ってしまった。けれど、なんとか平常心を保ちつつゆっくり優しく話してみると、男の子は目を大きくし驚いた顔でこちらを見た。
「お姉ちゃんエンデヴァー知らんと?」
「う、うん、知らなかった。」
「あげん有名なんに知らんなんて珍しかね」
と男の子がボソッと呟いたのが聞こえた。
そんなにポピュラーな戦隊キャラクターっていたっけ?
戦隊モノに関しては小さい頃から追っかけてきて、その結果戦隊オタとなり今はネトゲやSNSを通じて同志がたくさんいるけど、少年がいう“エンデヴァー”というキャラクターは一度も聞いたことがない。マイナー系も余すことなくすべて見ていたつもりだったけど、しまった、私の勉強不足だったという訳か。なんたる失態…!
知識不足な自分の不甲斐なさに暗い顔をした私に何か察したのか、男の子はエンデヴァーと呼ばれているぬいぐるみを私に見えるようにして
「お姉ちゃん、エンデヴァーはすごかっちゃん!いっぱい人ば助けるすごかヒーローたい!」とエンデヴァーが活躍をしているところを私に明るく懸命に話をしてくれた。



初めてみる男の子の表情は、とても眩しくて、まるで太陽のようで…。



その時、私の中でなにかが、ストンと落ちたような気がした。





ん…??
あれ???


これって…わたし……犯罪者になる?


←前頁 | 表紙 | 次頁→
Top