「な、な……」
目の前に差し出された大量の女物の服に開いた口が開かない。なんですかこれは、と持ってきた本人に目線を送ると、彼は当然だろうと言いたげに口を開く。
「君の服だ」
そういうことじゃなーーーい!!というツッコミも言葉にならない。ただただ唖然。
いつものように家にやってきた降谷さんは珍しく大荷物だった。泊まりでもするのか…?と疑問に思っていると、コーヒーを用意する私を呼ぶのでやかんの火を止めて彼の近くに寄った。すると彼は手にしていたアタッシュケースを開き、それはもう花びらを散らしたのかと問いたくなるほど色鮮やかな服をばら撒いたのだ。大金をばらまくマフィアかと思った。それに全部女物。夏物から冬物まで様々だ。
「服がないと不便だろうと思って貰ってきた」
「も、貰ってきた!?」
「ああ、友人の妹が服を欲しがっているって言ってな。バイト先の人たちから」
「悪いですよそんな!」
「そうか?みんなどうぞ貰ってくださいって渡してきたけどな」
「……」
それはそうだ。降谷さんが困っているところを助けてアピールしたい人なんて山のようにいるだろう。なんで無自覚なんだこの人は。
「も、貰えませんよこんなに…」
「貰ったらどうだ?ゼロが人助けなんて珍しいしな」
「珍しくないだろ別に…」
ばらまかれた服をたたんでアタッシュケースにしまおうとすると、そのケースはばたりと閉じられてしまう。なんで閉じるんですか、と降谷さんを見上げると「いいから受け取れ」という無言の圧が降ってくる。勝てない…。
「いいんですか?本当に…」
「当然だろ。僕が貰ってもどうしようもないんだ」
「それはそうですけど……」
ちらりと諸伏さんを見てみると、案の定とっても嬉しそうだし、外出用の服で困っていると言ったらそうなので「じゃあ……」と辺り一面に広がった服をかき集めた。
「ヒロの家に部屋着しか持ってない女がいるなんて風評被害もいいところだろ。せいぜい家主の評判を下げるなよ」
「はー……い」
降谷さんの言葉は最もで、間延びした返事が出る。いつもこの人は正論しか言わない。諸伏さんはにこにこ笑いながら「よかったなぁ」と言う。私より諸伏さんが嬉しそうなんだよなあ…。
「これで夏はいっぱい遊べるな」
「え、そんなに外出するんですか?」
「だって夏休みだぞ…?」
「…………まぁ、夏休みですけど」
大学生の夏休みというのは二ヶ月ほどあるらしい。中学高校と母親代わりだった私には持っていない思い出もたくさんあるのだろう。特に諸伏さんと降谷さんは二人で遠出とかもしたんだろうな。
「僕たちにも課題があることを忘れるなよ、ヒロ」
「もちろんわかってるさ」
「僕たちにも」っていうのは、私に勉強があることをわかって言っているのだろう。周りが見えている、というか視野が広い人だなと思っていると降谷さんと目があった。相変わらず綺麗な目の色。しばらくそれに見惚れていると、眉根を寄せた彼に視線を逸らされてしまう。嫌な思いをさせただろうか。まぁ、得体の知れない奴にジロジロ見られたら誰でも嫌か…。
「今年は何する?」
「気が早いぞ」
「いいだろう?釣りは行くって名字さんと約束したし、ちょっと遠出するのもいいなぁ。キャンプとか」
諸伏さんはやりたいことを次々と口にしながら、指を立てていく。明るい人だなぁと思っていると、降谷さんがこちらに近付いてきた。
「君、あいつと一緒で大変じゃないか?」
「え……?」
「いい奴なんだが、少しマイペースだからな」
そういった降谷さんの瞳は先ほどとは比べ物にならないくらい柔らかくて、思わずクスリと笑ってしまう。本当に付き合いが長い親友なんだろうな…。表情一つで二人の間の時間の長さが実感できる。
「大変じゃないですよ。多分、私の方が迷惑かけてしまってます」
「そうでもないと思うが」
「そうですよ」
「君は自己評価が低いな。何か原因でも?」
「……あってもいいませんよ。言えないでしょう、そんな話」
そりゃあ、私の存在が諸伏さんの助けになっていたらいいとは思う。だから家事炊事は欠かせないのだ。これができなくなったら私はただの邪魔者になってしまうような気がして。自分を認めることができなくなってしまうような気がして。原因なんてわかりきっている。あんな環境で育ち、あんな罪を犯した。そんな私が、無条件で存在を認められていいはずがない。
「君は、一人で生きているつもりか?」
「っ……!」
降谷さんの淡々とした声音がずきりと突き刺さった。ぎゅうっと心臓のあたりが痛む。
一人で生きてるなんて、そんなこと思っていない。だけれど今の私には否定ができない。
本当は全部話してしまいたい。誰かに罪を告白して、裁かれたい、許されたい。生きてていいんだよって言われたい。でも、それはエゴだ。
この世界に生きる私は、裁かれないし許されないんだ。
「一人で生きていけたら、よかったんですけれど…」
このまま彼のそばにいたら泣いてしまいそうで、私は慌ててキッチンに向かう。コンロの火をつけて、水がお湯になるのを待った。やかんに映る惨めな女の顔。馬鹿馬鹿しくて、小さく笑った。
→