「やっと夏休みだー!!」
定期試験を終わらせて帰宅した諸伏さんがそう言いながら机に倒れ伏した。正しくいうとまだ夏休みではないのだが、試験が終わったらひと段落してしまうその気持ちはよくわかるため、お疲れ様でしたと声をかける。諸伏さんが頭いいのは知ってるし、追試なんてことはほぼないだろう。私も勉強がんばらなきゃ。
「夏休みか〜、何しようかなあ」
「長いですもんね」
「うん。海は行くだろ?夏祭り行きたいし、三人で花火もやろうな。あと夏ってなんだ?」
「うーん、スイカ、トマト、きゅうり…」
「全部食べ物!」
「夏野菜の印象が強くて……」
夏休みだからといって友人と遊んだ記憶がない私には、スーパーで見る旬のものが夏の代名詞だ。キンキンに冷やしたトマトとか美味しいし。
「でも夏野菜もいいなあ」
「いいですよね。今度 夏野菜いっぱい入れてカレー作ろうと思うんです」
「夏野菜カレー!うわーお腹空いてきた…」
「ふふ、夜ご飯までもう少しありますから我慢してくださいね」
私の言葉に、諸伏さんはふっと表情を緩めた。その優しい笑顔に心が華やかな気分になる。
最近笑顔が多くなったな、という自覚はある。私の罪が無くなったわけではないけれど、それ以上に生きなければならないという気持ちが大きくなりつつあるからだ。降谷さんの「あの言葉」が強く心に残っている。もう、諸伏さんから奪ってはいけないのだ。例えそれが私であっても。
「そういえば最近降谷さん見ていませんね?」
降谷さんのことを思い出して、少し前から感じていたことを聞く。すると諸伏さんは無言でこちらを見つめてきた。何事だと首を傾げると、「いや、なんでもないよ」と眉を下げて笑う。
「あいつ最近忙しいみたいで、講義が終わるとすぐ何処かに行っちゃうんだよ」
「へぇ。何かあったんですかね?」
「それが教えてくれなくてなあ」
「親友の諸伏さんにも内緒なんですか?」
「みたいだ」
「…………」
親友というものがいない私には二人の距離感が少し羨ましい。もともと諸伏さんは詮索するタイプではないけれど、それでも信頼しているのが伝わってくる。
「どうしたんだ?」
視線を下げて黙っていると、諸伏さんの心配そうな声が聞こえる。顔を上げて慌てて「なんでもないです」と答えるが、彼は目を離してくれない。だから、私はその目に弱いのだ。真っ直ぐで真剣な瞳に。
「……親友っていいなって思ったんです」
「え……?」
「私には友人…のような存在は少しいましたが、親友と呼べるほどの関係の相手はいなかったので」
いなかったというよりも、作れなかったと言う方が正しいのだが、そこはなんとなくぼかす。そんな家庭環境にいたことなど、諸伏さんに伝えるべきではない。家族を失っている彼に。
「だから、ちょっと羨ましく思っていました」
「じゃあ、今から俺と名字さんは親友ってことで」
「え!?」
「よし、ゼロも巻き込もう!」
「な、何いってるんですか!?」
「何って、親友になろうと……」
当たり前だろう?と言いたげな表情に一瞬言葉が凍る。こともなさ気に言ってのけるところは少し苦手だ。もちろんそこもいいところだし、好きなところでもあるのだけれど、呆気にとられてしまうから。
「と言うよりも、私と諸伏さんは友人ではありませんし…」
「え!?違うのか?」
「だ、だって私はただの居候ですから……」
「友達!流石にもう友達だろ!?」
「えぇ……、私は居候だと…」
「そんな悲しいこと言うなよ……」
「う……っ」
すごく悲しそうな目で見上げられると……。だが私と諸伏さんでは年齢が3つも離れてるし、友達というより兄妹の方がしっくりくる。本人には伝えないけれど、実際私は兄のように思っているし…。友達、ましてや親友なんて恐れ多い。そしてちゃっかり巻き込まれている降谷さんにも悪すぎる。
「だ、ダメですよ…私はあくまで居候ですから!」
「そうか……そうだよな…」
「お、落ち込まれると決意が揺らいじゃいます…っ」
「うぅ……」
「わー!やめてください〜っ!」
また悲し気な目で見上げてきたため必死に視線を逸らす。その度に回り込んでくるから目を閉じて頭をぶんぶんと振ると、彼は吹きだして「ごめん」とくつくつ笑いながらおっしゃった。そんなに笑わなくても…と頬を膨らませてしまう。
「いや、でも俺は友達だと思ってるけどな」
「いえいえ……」
「俺が思うのは勝手だろ?」
「それはそうですけど…」
「じゃあ、俺は友達だと思って接するよ。名前ちゃん」
「…………え」
いきなり名前で呼ばれてどきりとする。諸伏さんはニコニコと楽しそうに笑っていた。友達だから呼び方を変えたのだろうか……。それにしてもいきなり名前を呼ばれるのは緊張するな。これは私も名前でお呼びした方がいいのかな…と思い、脳内で何度も彼の名前を呼んで練習してみるのだが、一向に口から出てくれようとしなかった。
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