「飲み会?」
明後日に夏休みを控えた7月中旬のこと。無事追試もなく悠々自適に夏休みを迎えられると意気込んでいた諸伏さんが神妙な顔をして「話がある」なんて言うものだから、どんな事件かと思えば「明日の夜に大学の友人たちと飲み会がある」と言うものだった。
「いいですね、いってらっしゃいませ」
諸伏さんの友人関係を降谷さんしか知らなかったため、沢山のご友人と飲み会に行かれるのはとても喜ばしいことだ。正直私が友人関係を阻害している自覚もあったから、私のことなんて気にしないでもっと遊んでほしいと思っていた。私だって放っておいて泣くような子供じゃないのだから。
だから笑って言ったのだが、飲み会の話を持ち出した諸伏さんはとても複雑そうに眉を潜めている。何か気にかかることでもあるのだろうか。
「諸伏さん…?」
どうしたんですか?という気持ちを込めて首を傾げてみせると、彼は深いため息をついてしまう。何か意にそぐわないことがあっただろうか。そう言うことはまだよくわからないから、何か問題があればはっきり言ってほしい。いやでもよくよく考えれば、意にそぐわないことがあってもあからさまにため息をついてみせる人ではないから、きっと他に理由があるのだろう。私に心当たりがないだけで。
「いや、いいんだ。なんでもない」
諸伏さんは言葉を沢山飲み込んでそう笑った。胸の奥がちくりと痛む。それは知らない痛みだった。
何かを言いたいのに言葉にならない。形にならない。何かがなんなのかもわからない。私は未熟だ。感情ひとつ思いにできないのだから。
「どこで……」
「え…?」
「……いえ、なんでもありません」
思わず自分を疑う。今私は何を聞こうとしていた?それを聞いてどうしようと?送り出したのは私なのに、放っておいて泣くような子供じゃないのに。むしろ一人の方が今まではずっと良かった。あの人が帰ってこなければいいと思っていたのに。一人の夜を思うと、なんで胸が痛むんだろう?
「なるべく早く帰ってくるから」
諸伏さんはそう言って笑う。「仕方ないな」と言われている気分だ。
全部見透かされてるのかな?あのため息はそう言うこと?わからない。わたしにはちっともわからない。
「はい。楽しんできてくださいね」
わからないから、わからないなりに精一杯笑って言う。諸伏さんは不思議そうに首を傾げた。
翌日の夕方に諸伏さんを送り出して、自分のためにご飯を作る気にもなれずぼーっとカーテンを見つめる。勉強進めようかな、と手に取った参考書も全然頭にはいってこない。お昼は大学、夜はバイトで家にいないことなんて当然なのに、一緒にご飯が食べられないだけでこんなに滅入るのか。私、入れ込みすぎかな。こんなんじゃ出て行くなんて夢のまた夢だ。
「お風呂はいろ」
このままじゃ気が滅入る一方なので、気分を切り替えようと着替えを手にして風呂場に向かう。熱いシャワーでも浴びよう。
シャワーを頭から浴びるとわだかまりが流れて行くような感覚に浸れる。悩みも憂いも全部排水溝に流れて行くような。だけども、空っぽになった頭によぎるのは諸伏さんのことで、自分がどれだけ依存しているかを理解した。そうだ、あの日降谷さんに自殺を止められてから、諸伏さんは私の生きる理由でもあるのだ。彼を悲しませないために私は罪を背負って、エゴを突き通して、生きると決めた。諸伏さんは私がいなくても生きられるけれど、私は彼がいないと生きられない。だから、今の私は「死んでいる」?
「馬鹿みたい……」
こんなんじゃ生きてるなんて言わない。「縋っている」というのだ。このままじゃ私はダメになる。生きる理由がなくなったらどうすればいい。だって。
だって彼は。
諸伏さんは。
「諸伏さんが……しぬ?」
何を今更、と誰かが鼻で笑った。
最初から知っていただろう?と。
そうだ、私は知っている。私の「何か」が知っている。
彼が、諸伏 景光が。
“その胸を自らの手で撃ち抜いて死ぬこと”を知っている。
「は………ははっ」
笑うしかなかった。
それが運命なのだ。彼の、そして彼らの。
死んでしまう。失ってしまう。私の手から滑り落ちる。また、何度も、幾度も。
シャワーの熱い水滴が肌を滑り落ちて行く。まるで救いきれない命のように。私のちっぽけな手じゃ、助けられないのだと嘲笑うように。
そう、私じゃ無理なのだ。
蛇口を捻ってシャワーを止める。滴り落ちる水滴を見送った。これが私にできることだというのか。見送るだけが、私の役目だと…?
茫然とタイルを見下ろす私の耳に、チャイムが届いた。それは救いの鐘のようで、弾かれたようにお風呂場を飛び出す。濡れた足では何度も滑りそうになりながら、それでも。彼にかけるしかないと思ったから。
扉を開けたそこに立つ彼は、私の姿にアクアグレイの瞳を見開いた。そしてそれを瞬時に逸らすと凛とした声を上げる。
「服を着ろ!馬鹿!」
この人はいつもそうだ。私が道を失いかけた時そこにいてくれる。
「降谷さん!!」
思わず飛びつこうとすると部屋の中に押し込まれ、それから5回ほど「馬鹿!」と叫ばれ、体を拭いて服を着た後三十分ほど貞操観念について説教された。
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