「っぁ!」

息苦しさに囚われ瞳を開くと、そこはいつもの部屋だった。夢を見ていたのだろうか。もうよく覚えていない。ただとても怖い夢だったと言うことだけは覚えている。

「大丈夫かぁ?」
「え……?諸伏さん?」

部屋の電気がパチリと灯り、隣の部屋で寝ていたのだろう彼が傍に立っていることに気付いた。何時だろうと部屋の時計に目をやると深夜の三時、もしかして私がうなされでもして起こしてしまったのだろうか…と思っていると、彼は何事もなかったかのようにキッチンに立ち、コップに水を入れると錠剤のようなものを飲んでいた。

「どうしたんですか?」
「え?なにが?」
「いえ、お薬…飲んでたみたいだし」
「あぁ……ちょっとした薬だよ」
「?」
「精神安定剤ってやつ」
「精神安定剤……?」

もしかして、あまり深入りすべきではない内容ではないか?そう思って口元を押さえると、彼は照れ臭そうに笑ってゆっくり口を開いた。

「ちょっとな、昔のことでトラウマがあるんだ」
「PTSD……ってやつですか?」

諸伏さんは「よく知ってるな」と優しい笑みを浮かべた。PTSD……確か、ショッキングな経験が心に残ってフラッシュバックや恐怖を感じる…と言ったものだったような気がする。それは私が思い出しかけた彼の過去に起因するものなのだろうか。

「それで時々悪夢に見るんだよ。そのときの記憶を」
「……」

だったら、私の先程の夢も似たようなものなのかもしれない。思い当たる節は沢山ある。この前記憶を思い返した時も、「あの出来事を掘り返したくない」というような強い拒否反応を示しているように感じた。
諸伏さんのトラウマ…それはきっと私のような薄汚れたものではないのだろう。同じなんて思ってはダメだ。私は精神的ショックを受けて当然のことをしたのだから。

「それよりあんまり物音を立てないようにしてたんだが、起こして悪かったな」
「い、いえ……。私も夢見が悪かったので……」

そう控えめに言うと、彼はそれに追及することはなく、「お互い苦労するな」とだけ言って部屋に戻っていった。その姿にそっと張り詰めていた息を吐き出してもう一度布団に潜り込む。今度は悪夢を見ないようにと祈りながら目を瞑る。考えれば考えるほど、悪い夢を見てしまいそうでなかなか寝付けなかった。




(結局あんまり寝れなかったな…)

記憶が途切れ途切れだから、きっと何度か意識は落ちたのだろうが、夢に怯えてるせいか三十分毎に目を覚ましてしまい、結局日が昇り、もう朝の7時だ。いつも通りキッチンに立った私は朝食を作る。今日は火曜日。火曜日は1限目があるって以前言っていたから、いつもよりとびきり早起きだ。学びたいことだけを学べるなんて、大学生はいいなぁと呑気に思いながら出来上がった料理を机に並べる。もう少ししたら起きてくるはずだとお湯を沸かしながら彼を待つ。

「あ、ゴミの日だっけ…」

そういえば火曜日と金曜日は燃えるゴミの日だった。彼を送り出した後部屋の掃除を簡単に済ませてゴミを出してしまおう。そう思い、湧いたお湯でコーヒーを淹れる。

しばらくすると奥の部屋から目覚ましの音が聞こえた。目覚ましは3コールで止まり、もう少しだけ待つと寝巻き姿の諸伏さんがおおあくびをしながら部屋を出てくる。彼はどうやら薬が効いたのか、しっかりと眠ることができたようだ。

「おはようございます諸伏さん」
「ん〜〜…おぁよぉ…」

グイッと伸びをした彼はもう一度あくびをしてから洗面所に入っていく。顔を洗った諸伏さんは座布団の上に座り、「今日も美味しそうだなあ」とわざわざこちらを向いて言ってくださった。

「ありがとうございます。コーヒーも持っていきますね」

ドリップし終わったコーヒーを2つ手にして私も彼の座るテーブルに向かう。初めてこの家に来た時に座った円形の座布団は今はもう私の特等席だ。そういえば、もうすぐここに来て三週間になるのか、時間というのはあっという間だ。

「いただきます」

二人で声を重ねて箸を手に取る。
少し眠いな、と思いながら少しでも栄養は取っておこうとご飯を食べ進めた。しばらくぼーとしながら淡々とご飯を食べていると、左前方から視線を感じる。どう考えても諸伏さんのものだ。顔を上げて「どうしましたか?」と聞くと、彼は「いや」と一拍置いてからそっとこちらに手を伸ばした。

「寝てない?」
「え……」

隈でも出てただろうか、と目元に触れると心当たりがあるのがバレたのか彼は少しムッとする。墓穴掘ったな…。

「寝れない?やっぱりここじゃ心休まんないか?」
「いえ……あの、怖い夢を見てしまうのが怖くて…そう思うと寝れなかっただけなんです」
「俺がトラウマの話なんてしたからか?」
「そうじゃなくて……。私にも、トラウマ…のような記憶がありまして」

「私も」なんて さも「同じ」かのようにいうのは間違っているとは思ったが、それ以上になんていえば分からず言葉を濁す。彼は一度何か言いたげに口を開いて、それから少し間をとってからにこりと柔らかく口角を上げた。

「大丈夫、ここにはなにも怖いことなんてない。一人じゃないんだからな」

彼の大きな手が私の頭を何度も撫でた。
ぐさりと刺されたような感覚。
あぁ、ダメだ。この手に甘えてはダメなんだ。
だって、彼と私は絶対的に違うのだから。

「はい……」

でもそんな感情悟られるわけにはいかなくて、震える声で私は頷く。ぎゅっと握って硬くなった手は、血の気がひいて真っ白になっていた。

私が一番怖いのは、きっと私自身。