金曜日、今日は週に二度あるゴミ出しの日だ。私は軽く部屋を掃除しゴミをまとめる。諸伏さん、金曜日は2限と3限だけで、それ以降はバイトだからこの時間はまだ寝ている。

「よいしょ」

おばさん臭いがそんな声を出しながら大きなゴミ袋を手にして部屋を出る。ゴミ捨て場はアパートの前だ。

「うわっ」
「きゃっ」

部屋を出てすぐ、丁度そこにいたのであろう人とぶつかってしまう。軽い衝突だったためお互いに倒れはしなかったが、慌てて謝罪を口にする。

「ご、ごめんなさい!」
「いえ、こちらこそ」

パッと顔を上げると視界一杯にキラキラが広がる。目眩かなんかか?と疑ったが、それは太陽光が彼の金色の髪を反射しているからだと気付いたのはそれからすぐだった。

とても俗っぽい言い方にはなるのだが、彼は見惚れるほどのイケメンだった。浅黒い肌、傷んだ様子のない細やかな金髪、彫りの深い日本人離れした顔立ちにアクアグレイの瞳。少し垂れた目元にキリッとした鋭い眉は色気と呼ばれるには相応し過ぎるほどで、まだ17歳の私には少々刺激が強い。

「僕の顔に、なにか?」

少々不機嫌気味な彼の声音に、失礼なことをしてしまったという自覚はあるのだが、あまりにも顔の造形による圧が強すぎて言葉が出ない。こんな経験は初めて。つまり、彼は今まで私が見てきた誰よりもかっこいいということだ。

「用がないのなら……ん?君、この部屋から出てきたのか?」

浅くため息を吐いた彼だが、何か思うところがあるのかそう聞いてくる。必死に頷いて見せると、考える素振りをし始めてしまい、膠着状態。ゴミ出しもできてないし、というかこの国宝級のイケメンがここに立ってる時点で身動き取れないし、どうしよう…と考えていると、背後から救いの神の声が聞こえてきた。

「名字さん……?」
「あっ、諸伏さ…っ」
「あれ?ゼロ?」

それは、まるでハンマーで脳をぶっ叩かれたかのような衝撃だった。ガツンと揺れ、目の前がチカチカと瞬く。ゼロと呼ばれた彼は、「ヒロ」と応えながら私の脇を通り部屋の中に入っていく。私の目は意識の外でそんな彼を追っていた。

ゼロ……。
知っている。私は彼のことを。
たくさんの情報が脳内を過ぎ去っていく。なんでもいい捕まえないと、ともがいてみるがそのどれもが私の小さな手など簡単に通り過ぎていってしまう。
重要な記憶のはずだ。そのはずなのに……。

諸伏さんと“ゼロ”さんは古くからの知り合いのように楽しそうに談笑を始めた。ああそうだ、二人は古くからの知り合いで……、だから、ゼロは……。
ゼロ……は。

「安室……透……?」

その名前だけが、ポツリと唇からこぼれた。それと同時に瞳からは涙が溢れる。泣いている。まただ。
これは、この涙はそうか……。失いたくなかったものを失ってしまった後悔なのか。
私はその涙がバレないように袖口で拭い、ゴミ袋を握りなおして駆け出した。やはり思い出さなくてはいけないのだ、諸伏さんのことも、“ゼロ”さんのことも、そして「安室 透」のことも。



ゴミ出しから戻ると、諸伏さんはゼロと呼んだ彼のことを紹介してくれた。名前は「降谷 零」さんだという。安室 透じゃないのか……と思いながらペコリと頭を下げる。だが、確かに「降谷 零」という名前にも引っ掛かりを感じた。

「どうも、名字 名前です」
「わけあって俺が預かってるんだ」
「預かっていただいてます…」
「ふぅーん」

彼はじっと私の目を見つめてくる。ただでさえ顔がいいんだから勘弁してくれ…と思いながら視線を逸らすと、彼はふっと表情を緩めて手を差し出してきた。

「ヒロ……景光とは幼馴染なんだ。よろしく」
「あ、よろしくお願いします」

差し出された手を握るとすごく冷たくて驚く。表情の機微も少ないし、機械みたいな人だな…なんて失礼なことを考えてしまう。いやでも、諸伏さんと話してる時は楽しそうだし、ただ単に警戒心が強い人なのかもしれない。諸伏さんとは正反対だ。
まぁ、そりゃあ幼馴染の家に知らない女子高生がいたら警戒もするか……。

「というより、家に僕を招くんだったら先に彼女にも説明しておくべきだろう」
「いやぁ、すっかり忘れててな。悪い悪い」
「諸伏さん…そういうところですよ」
「全くだ」

私と降谷さんが揃って頷くと、諸伏さんは「悪かったって」と再度謝罪される。そのフワッとしたところというか、抜けているところというか…。全部ひっくるめて“そういうところ”なんだよなあ……。と思いつつ、そこが彼のいいところでもあると理解しているので突っ込みづらい。

「で?なんで僕を呼んだんだ?」
「あー…いや、吉崎先生のとこで課題出ただろ?分かんないところがあったから教えてもらおうかと…」
「あぁ…確かに難しいところがあったもんな。僕も確認がしたかったから…」

そう言って降谷さんは手にしていた鞄からノートを取り出す。大学生の課題ってどんなものだろう…と覗き込むと、難しい言葉がたくさん書かれていて1ミリも理解できなかった。

「えと、じゃあ私朝ごはん作りますね。降谷さんも召し上がられますか?」
「いや……、いや頂くよ」

最初に出たのは咄嗟の否定だろうか。そんなことを疑問に思いながらも私はキッチンに立つ。二人はノートを開きあって専門用語のようなものを交わし合っていた。大学生もやっぱり大変みたいだ。