「と言うか、君の服はそれしかないのか?」

三人で買ってきたアイスを食べながら冷房の効いた部屋で涼んでいると、降谷さんがいきなりそんなことを聞いてきた。そんなむすっとした顔をしなくても…(ほぼデフォルトの表情だが)。

「服は……まぁ、諸伏さんからいただいた部屋着を二着ローテーションしてますけど……あとは本屋行った時に着て行った制服ですね」
「だろうな。本屋に制服で来た時点でおかしいと思ったんだ。ヒロ、もっとどうにかしてやれないのか」
「いや、俺は服を買ってきなってお金を渡したはずなんだけどなあ」

諸伏さんが言っていることは事実だ。しかし別に下着以外に急ぎで欲しい服はなかったので、お釣りと言って残りのお金は彼に返している。あの時のなんとも言えない諸伏さんの表情は忘れられない。……なんなら今こちらを見ている降谷さんの表情も忘れられそうにない。

「い、いや、服とか別に困ってないので…」
「女子高生はそう言うのが欲しい年頃じゃないのか?服や化粧品、そう言うものを」
「あー……普通は、そうかもしれませんね」

残念ながら私は普通とは違った。服や化粧品、憧れる気持ちは確かにあったけれど、それよりも弟が大切だったし、食料費以外が私に与えられることはなかった。私が持っていたのは部屋着と制服。それは今と全然変わらない。そうだ、結局何も変わってない。

……いや、そうでもないか。こうやって誰かと一緒にアイスを食べるなんて言うのは初めてだ。参考書を買ってもらったのも、「おはよう」と「おやすみ」があるのも、全部全部初めて。変わってないのは、私の中身だけなのだろう。

それから降谷さんはこの話を広げてもどうしようもない、と思ったのだろう、早々に切り上げて私の勉強を見てくださった。彼の教え方は言葉自体はキツいが非常にわかりやすく、諸伏さんが彼を先生役に選んだのも頷ける。本屋よりも塾講師なんかが向いてるんじゃないか?と思ったが、どうあがいても生徒に恋される未来を避けることができなさそうで、カウンター越しの本屋さんって言うのは適度な距離感なんだろうなと納得できた。イケメンも大変そうだ。




降谷さんは夕食を食べると、朝が早いからと帰って行ってしまった。部屋には私と諸伏さんの二人っきりになる。いつものことなのだが、降谷さんが帰ったあとだと少しだけ物悲しさがある。

「もうすぐ夏だな」

諸伏さんがそんなことを呟いた。確かに夏の到来は近い。降谷さんに教えてもらったことを復習しながらそうですね、と返すと彼は「近くに海があるんだ」と教えてくださった。

「夏休みになったらいこうか」
「海…ですか?」
「いやか?」
「いや……えっと」

もちろん海が嫌なんてことはない。見る分には好きな部類だろう。けれど人が多いところはそんなに得意じゃないし、それに海に入るなら水着が必要だ。そうなると今服で隠れている部分も彼の目につくようになってしまう。私の体は、お世辞にも綺麗とは言えない。特に背中はタバコを押しつけられた後が沢山ある。それを見られるのは正直嫌だった。
私が返事を渋っていると、彼は「海って言ってもビーチじゃないんだ」と笑った。まるで心を見透かされたみたいだ。

「じゃあ海って…」
「釣りスポットがあるんだよ。俺とゼロは夏になるといつも釣りに行くんだ」
「釣りですか…?」
「そう!」

どうだ?と聞いてくる彼に、まぁ釣りなら…と頷いて見せると、予想よりも随分嬉しそうに笑われてしまい言葉が出ない。人懐っこいにも程がある…。

「じゃあ、約束しよう」
「え……」

まさかと思っていると、彼は小指を差し出してくる。これは予想通りすぎる。本当に可愛らしい人だな…と思いながら私は自らの小指をそこに絡めた。こんなの小学生以来だな……そうやって呆れたフリをしながらどこかで喜んでいる自分がいる。

そのままじっと待ってみるが、彼は何も言わない。ただ何かに気づいたような顔で固まって動かなかった。

「ゆびきりげんまんですか?」
「…………」

そう聞いても答えはない。どうしたんだろうと彼の視線を追うと、それは絡み合った私たちの小指だった。
これがどうしたんだ?と思っていると、ゆっくりと視線を上げた彼に微笑まれる。

その表情が、あまりにも優しくて、一瞬呼吸を忘れた。

「諸伏、さん……っ?」
「いや、ちょっとな」
「ちょっとな じゃないですよ……!」

私が文句とも言えないような小言を言うと、彼は眉を下げとても小さな声で「小さな手だな」と呟いた。

そりゃあ、そうだ。諸伏さんに比べたらかなり小さな手に見えるだろう。女だし、まだ17歳だ。そんなの当然じゃないか。当然だし今更。
なのに、彼があんなに優しげに言うから耳まで熱がこもる。こんなに照れくさいのは生まれて初めてだった。繋がった小指から熱が伝ってなければいいのだが。

「よし!」
「え!?」
「ゆびきりげーんまん」
「わ、わっ」

パッと明るい表情を見せた彼は、いきなり私の小指を振り回し始める。さっきの出来事は夢だったのかと問いたいほどの変わり身だ。想像よりも力強く振られた指についていけず体勢を崩すと、ははは!と笑われて、彼を睨みあげれば「悪い悪い!」と全然悪いと思ってない顔で言われた。