そんなこんなでこの工藤邸に住むことになった私。初めはこんな美女と一つ屋根の下なんて最高だな…と思っていたのに、そんな淡い幻想はあっという間に打ち砕かれることとなる。
私を拾ってくれた工藤有希子さんは、旧姓藤峰有希子。そこまで聞けば世間に疎い私だって、十数年前に世間を騒がせた超大物女優だってことはすぐにわかった。彼女は現在はこの家に住んでおらず、ご主人でこれまた超有名ミステリー作家の工藤優作さんと海外で暮らしているらしい。私を拾った次の日にはあっという間に戻っていってしまった。何のために帰ってきたんだろう…。あーぁ、若さの秘訣とか、メイクのコツとか、その他もろもろご指導いただこうと思ったのに…。いや、彼女の言動からするに闇金もどうにかしてくださると言っているのだから、これ以上甘えるなんていうことは許されないと分かっているが、やっぱり少し落ち込んだ。こんな大きな家に一人暮らし……。小さな頃なら喜んだが、今は頭の片隅に「掃除」の2文字がちらついてならない。「めんどくさいなぁ」なんて不躾にもため息をついてみたりしたのだが、それも一瞬で打ち破られた。
「お、沖矢さぁー……ん」
この家には、もう一人私と同じ居候の人がいたのだ。
私が彼の寝室をノックすると、少し間があってから「起きています」と返答がある。この扉は勝手に開けるなと言われているので、扉越しに「朝ご飯できました〜…」と控えめに言うと「準備してすぐ行きます」とだけいつも通りの言葉。相変わらず謎めいた人だ…。
私はダイニングに戻り先に朝食を食べる。運良く有希子さんに拾われた私は現在絶賛ニート中なのだが、気持ち的にはこの家の使用人だった。有希子さんにもこの家の管理と、一緒に住んでいる彼の世話をしてほしいとしか言われてないし……。必要な生活費はこれを使って!なんて明るく通帳を渡された時はお金持ちって怖いなぁなんて思ったりもしたっけ。
懐かしの有希子さんを思い出しながら、なんだかんだこの暮らしも特に問題なく一週間。悠々自適にも程がある。……彼の存在を除けば。
「おはようございます、名前さん」
「あ、おはようございます…」
沖矢さんはいつも通り一部の隙もない身嗜みでダイニングに現れる。髭もない、寝癖もない。うーん、綺麗すぎる…。
「今日は和食ですか」
「あー…はい。昨日買った鮭を焼いただけですけど」
「美味しそうだ」
そう言って彼は席につき食事を始める。一週間前までまっっったく関わりのなかった赤の他人と食事を共にするのはいまだにちょっと慣れない。
彼は沖矢昴さんと言って、東都大学大学院工学部博士課程に籍を置く27歳男性。私と違って頭のいい学生さんだ。少し前にもともと彼が住んでいたアパートが全焼したらしく、工藤邸に転がり込んだ…らしい。この家の人は優しすぎる…。
彼はとてもイケメンなのだが、いつもにこやかだし、普通に優しいし、隙がなくて少々怖い。人というものは粗がないと無機質に映るものだ。正直高性能アンドロイドですって言われた方が安心できる気がする。それでも怖いけれど。有希子さんが言ってた「世話」ってメンテナンスのことだったりして。いや、それはないか…。なんて言ったってこの家の隣には「阿笠博士」と呼ばれる人が住んでいるのだ。その人の方が適任だな。
「ご馳走様でした」
彼は無言で食事を済ませると食器をシンクに運び、洗面所に向かってしまう。私はその背中にかける言葉も無く、止まっていた手を動かして朝食を食べ終わった。どう関わればいいのかわからないし、彼自身もあまり関わって欲しくなさそう…。
「はぁ……」
意図せず漏れたため息にハッとする。私、彼と仲良くなりたいのだろうか…。
いやまぁ、それもそうか。仲良くなれれば、今よりもっと息がしやすくなるだろうし。
「て、言ってもなぁ…」
私はあまりにも沖矢さんのことを知らなすぎる。
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