沖矢昴。27歳。身長は180cmを超えているであろう長身。顔がイケメンな上にプロポーションも抜群。左利き。喫煙者。お酒はバーボンを好む。


……私が知っているのはこれだけだった。手近なメモ帳一枚で終わってしまう。彼のことを知ろうと思ったはいいが何の収穫もない。
夕食の席で好きな食べ物を聞いてもはぐらかされたし、嫌いな食べ物があるような素振りもない。休日何をしているのかを聞いても「本を読んでいます」なんて無難に返されてしまった。ミステリアスすぎやしないだろうか。

「今日も収穫なしかぁ……」

自室にこもり百均で買ってきた手帳に今までの情報を書き記す。一緒に住んでるとは思えない…。どうにかできないかなーとベッドに寝転びながら思案する。いかんせんニート(使用人)の身、楽しみがこれくらいしかないのだ。

今の時間沖矢さんは工藤優作氏の書斎にこもって晩酌をしていることが多い。確かにあの書斎は古今東西様々なミステリー小説が貯蔵されていて、活字を読むことが趣味の人から見たら垂涎ものだろう。残念ながら私には活字を読む趣味がないので掃除以外で中に入ったことはないが。江戸川乱歩とか、アガサ・クリスティーとか、私でも聞いたことがあるような名前がいくつかあったような気がする。って言うことは、沖矢さんはミステリー小説が好きなのだろうか。
そういうのもまぁ情報か、と私は部屋を出る。会話が続く自信はないが、好きな作品を聞くだけ聞いてみよう、と書斎の扉をノックした。

「沖矢さん、いますか?」
「あぁ、はい。いますよ」
「入ってもいいですか?」
「どうぞ」

私がこの家に来て、最初に強くお願いされたことは扉を必ずノックすることと、決められた時間は自室から出ないことだった。理由を聞ける立場ではないので大人しくそれに従っている。

大きな扉をゆっくりと開けて中に入る。沖矢さんは工藤優作氏が執筆や読書に使用していた机で予想通りバーボンを飲んでいた。広い書斎で本に囲まれて晩酌なんて、流石に渋すぎる…。

「どうされました?」
「あー……いや、何読んでるのかなって…」
「次は本の趣味ですか」

沖矢さんはそう笑う。「次は」って言うってことは、最近私が質問ばかりだということに気がついていたようだ。それもそうなのだが…。

「すいませんなんか……」
「探偵ごっこ…と言うわけですね。そしてターゲットは私だ」
「そんなかっこいいものじゃないですけど…」
「いいじゃないですか」

お酒が入って上機嫌なのか、沖矢さんはいつもより笑みを深める。酔ってる雰囲気は毛ほども感じないが。
イケメンが微笑むと絵になるなぁ、と思いながら彼に近づく。すると彼は本の表紙を見せてくれた。

「アーサー・コナン・ドイル……?」

聞いたことあるようなないような、難しい名前だ。作品の名前か作者の名前かもわからずに首を傾げていると、沖矢さんが小さく笑うのが聞こえる。まさか笑われると思っておらず、「なんですか…」と呟けば、彼は「いえ、すいません」とまた笑った。

「不思議そうな顔をされてるのが面白くて」
「ひどいです。真剣なのに」
「ええ、だからすいません。シャーロック・ホームズですよ。ご存知ですか?」
「ホームズ…っていうのは聞いたことあります」
「私はホームズが好きで、コナン・ドイルの作品は全て拝読したのですが、ここに蔵書されているのを見て一から読み直しているんです」
「へぇ……」

本の世界はよくわからないので、少々上の空に返事をしてしまう。だけれど、こんなにたくさんのことを喋っている沖矢さんを見るのは初めてかもしれない。あとで手帳に「ホームズが好き」って書いておこう。

「名前さん、お酒は飲めるんですよね?」
「まぁ、とっくに成人はしてますけど…」
「では一緒に晩酌しながら読書でもいかがですか?」

それは初めて彼から提案されたことだった。沖矢さんのことを知るにはそばにいた方がいいに決まっている。しかし緊張していた私は思わず、「お酒はしばらく控えてるんで」と一歩ひいて答えてしまった。
そんな私に沖矢さんは一度キョトンとした顔をされてから、また「ふふ」と笑う。今日はよく笑うなぁ。

「そうですね。また酔って行き倒れでもしたら大変ですしね」

………。
この人、案外意地悪な人かもしれない。