私と沖矢さんの晩酌は、約束などせずともなんとなく毎日行われた。はじめて読んだミステリー小説はなかなか面白く、ミステリーなのにちょっとほっこりしてしまった。アガサ・クリスティって言う人の作品はそう言うのが多いのかも知れないと思い次に手を取ったのはアガサ・クリスティ作「そして誰もいなくなった」というこれまた気になる題名のものだ。これはどんな作品なのだろうとウキウキしながら読み始めたのだが……。
「あのっ、あの沖矢さん!?いますよね!?」
「いますよ。落ち着いてください」
結果はご覧の通りだ。
私が読んだ作品は王道ミステリーもので、子守唄に準えながら次々に人が死んでいくというもの。時間的に全部読むことができなかったが、そのせいでさらに恐怖が増してしまいお風呂に入っている間入り口を沖矢さんに見張ってもらうという醜態を晒してしまった。
確かに面白くて次々読み進めてしまったけれど、犯人が分かるまではなんだか不気味な不安がよぎって身震いしてしまう。この家が広い洋館なのも余計恐怖をあおる。私が死ぬわけでもないのに…。
私はバスタオルで急いで体を拭き、髪の毛は濡れたままパジャマに着替える。いつもはここで髪を乾かすのだが、一人でなんていられなくてドライヤー片手に脱衣所を出た。
「おや?髪の毛が濡れてますよ?」
「り、リビングで乾かします…!」
「私もお供した方がいいですかね?」
「……お願いします」
沖矢さんは嫌な顔一つせず頷いてくださる。神か何かかと思いながら連れたってリビングに行くと、彼はソファに腰掛けて書斎から持ってきたのだろう小説を広げた。沖矢さんは怖いとか思わないんだろうな…。
私は向かいのソファに座ってドライヤーのスイッチを入れる。目の前に沖矢さんがいるのは変な感じだが、安心感は半端じゃない。
なんとか髪の毛を乾かしてドライヤーのコードを束ねると、それに気づいた沖矢さんに「戻しに行きますか?」と聞かれた。ありがたすぎる申し出に頷き、二人でドライヤーを戻しに行く。
「でもまさか二冊目に「そして誰もいなくなった」を選ぶとは」
「やっぱりダメでしたか…?」
「いえ、名作ですよ。ですが、名前さんには少し刺激が強すぎたみたいですね」
「少しどころじゃないです…。いい歳してお風呂の外を人に見ていて貰うなんて情けない…」
「お気になさらないで。それに、ここで諦めずに最後まで読んでいただけるとミステリー好きとしては助かります。あれは最後まで読んで意味のある作品ですから」
「も、もちろん!犯人がわからず怯えるなんて嫌ですから!」
私が勢いよく答えると、彼はふふと笑う。私が殺されるわけではないのに怯えているなんておかしな人だな…とか思われてたら恥ずかしすぎる…。まぁ、おかしな人には違いないのだけれど。
脱衣所にドライヤーを戻すとなんとなくお互いに無言になる。普通ならここで分かれて私は部屋に行くべきなのだが…。それに、この時間は部屋から出ないでと言われている時間も過ぎている。
沖矢さんは何を考えているのかわからない目でこちらを見ていた。早く部屋にいけ的な圧力なのだろうか。
「じゃ、じゃあ、おやすみなさい」
勇気を振り絞ってそういうと、沖矢さんは一度驚いたような表情をされてから「ええ、おやすみなさい」と笑った。少し怖いが、ずっとそばにいて貰うわけにもいかないので踵を返して自室に向かおうとする。廊下を数歩進んでから振り向くと、沖矢さんもこちらを見ていた。部屋に入るかを監視されているのだろうか…と勘ぐっていると沖矢さんが苦笑しながら口を開いた。
「安心して眠ってくださいね。この家には私がいますから」
「え……?」
「例えどんな者がやってこようと返り討ちにしてみせますよ」
沖矢さんらしくない言葉だ……と固まっていると、彼は軽く手を振って脱衣所に入っていってしまう。私を安心させようと言ってくださった言葉なのだろうか…。
「うーん…」
優しいのか意地悪なのか。
本当につかめない人だ。
でも、そんな彼との暮らしはなんだか悪くない気がしてきた。
→