#2 巡り合わせ

 進級するタイミングでボーダーが提携している学校に転校することに決まった。人事担当者さんからの話によると、正式入隊日というものが年に3回あるらしく、次の入隊日が1月らしい。それを過ぎると次は5月になってしまうので、最短の入隊日に合わせて一度きてほしいとの話をされた。ちなみにもう既に1月だけど冬休みでやることないし、というかどっちみち今の学校にはもう行かないからむしろ早く行けて好都合だ。
 それにしても暇だ。はあ…と大きく息を吐いて蹲る。部活をやめてから心にぽっかりと穴が空いたような虚無感にずっと襲われていた。物心ついた頃から手にはボールが握られていたし、食事、睡眠、授業中以外の時間はずっと走ったり飛んだり動き回っていた気がする。追いかけ続けたものが無くなって、自分にはもう何も残っていないような気持ちになって、不安なまま毎日眠りについた。そうしてあっという間にボーダー入隊日を迎えた。

「早速だがこれから入隊指導オリエンテーションを始めさせてもらう」

 偉そうな人の話がさくっと終わると、その先の説明を一任されたのは何とテレビ・広告等でお馴染み嵐山隊の人たちだった。おぉすごい…とまるで芸能人に会ったかのような感覚に包まれていると、周りの訓練生たちからも同じように感情が駄々漏れていた。まぁそりゃそうなるようね。
 隊長の嵐山さんの説明では、この後希望するポジションごと別れて指導を行うとのこと。本来ならば入隊前に試験やら体力測定やらがあって適正武器を教えてくれるらしいのだが、私の場合は入隊式にギリギ滑り込んだようなものだったのでその辺云々はやっていない。というか、試験に至ってはスカウトの特権で免除になった。(正直学力は自信がある方ではないので非常に有り難い)
 つまり何の参考もなしに自分の意思で武器を選ぶしかなかったんだけど、私の性格的に多分一番向いてるのは攻撃手アタッカーだとまず直感で思った。足の早さや跳躍力、瞬発力には自信があったし、後は勘だけど。ただ、そう思いつつも一番惹かれたのが銃手ガンナーに分類される射手シューターというポジションだった。詳細も適正も何もわからない状態で、ただただ名前に惹かれた。聞くところによると、正隊員に昇格するとポジションを変更したり自由に武器を使えるようになるらしい。それならば訓練生時代くらい興味本意で惹かれた武器を使ってもいいじゃないかという軽い気持ちで私は射手を選択した。
 攻撃手と銃手、射手を選択した人たちが嵐山さんについてその場に残り、続けて正隊員昇格の条件やら合同訓練の説明やらが一通り終わると、まずは訓練の方から体験するらしく場所を移動した。正隊員の昇格は簡単に言うと点取り合戦か…。ちょっと燃えてきたかも。

「まず最初の訓練は対近界民ネイバー訓練だ」

 おお近界民…!テレビの映像以外で初めて見た…。想像よりでかい。嵐山さんによると、この仮想訓練室内ではトリオン(仮の体を作っているエネルギー的なものだと認識してる)が切れることも怪我をすることもないらしいので思いっきりやれるということ。制限時間は5分。早く倒す程評価が高くなると聞いては勝負事好きとしてはわくわくする他ない。
 前の人の順番を待っている間に観戦する。どうやら近界民の口にあるコアのようなものを破壊すると撃破になるらしい。ただそこを壊されないように敵もガードや攻撃を仕掛けてくるだろうし、これを切り崩そうと他の部位を狙ってもいいんじゃないかとも思ったけど、他の訓練生の映像を見る限り装甲はかなり厚そうだ。そうなると……

「…よし」

 前の人が訓練室から出てくるのを確認して気合いを入れ直して部屋に入った。始めというアナウンスが流れると同時にトリオンキューブを手に浮かべて集中して頭の中で弾道を描く。ふうっと息を吐いて、とりあえず初手。

変化弾バイパー

 技名を唱えると、それはジグザグに弾道を描いて敵の口内目掛けていった。が、口を閉じ攻撃をガードした敵はそのまま攻撃体制に入る。なるほど、こういう感じか。手をグーパー開いて感覚を確かめる。よし、もう一度集中。
 深呼吸をして地面に手をつく。敵の攻撃が当たる寸前がまるでスローモーションのように見える。今まで何度も経験してきたこれは、どうやらボーダーでも使えるようだ。スレスレのところで地面を蹴り、敵目掛けて思いっきり走って、そして飛んだ。片手にトリオンキューブを浮かべつつそのまま訓練用近界民の口内下に手を掛ける。ゾクリとするこの感覚、高揚感。すごく久しぶりだ。

「ここ!」

 瞬間放たれた変化弾は直角に弾道を描き、訓練用近界民の心臓部を貫いてその巨体は見事に崩れ去って行った。

『3号室終了。記録、10秒』





「よっ、村上」
「!太刀川さん」
「いいところにいた。暇だろ?」

 ランク戦の相手を探してぶらりとロビーを彷徨いていたらよりによって太刀川さんに声をかけられた。おそらくランク戦のお誘いなのだろう、獲物を見つけたように目がギラギラと光っている。

「勝負しようぜー」

 ほらきた。まぁこちらもそのつもりで相手を探していたわけだけど、流石に攻撃手1位に勝ち越せると思っているほど自惚れてはいない。これは気を引き締めなければとふうっと息を吐いて了承した。

「いいですよ。何本でいきます?」
「お?んじゃ10本で」
「わかりました。じゃあやりましょう」

 流れるように始まり、結果は8-2。これでも後半2本取れただけよくやったと自分では思ってる。そんな太刀川さんはブースから出て来るなりニヤニヤと「惜しかったなー」と心にも無いことを言いながらポンと肩に手を乗せる。…ほんとにこの人は。

「…次は勝ちます」
「お、言ったな」

 案の定よしもう一本やろう!と太刀川さんが言い出して望むところだと挑もうとした時、太刀川さんが何かに気付いて目を細めた。何だとその視線の先を辿ると、その先には玉駒支部の迅さんがいた。

「お〜迅じゃん!珍しいなこっち来るなんて」
「太刀川さん!奇遇だね〜。鋼も久しぶり」
「お久しぶりです」
「2人はランク戦?仲良いね〜!」
「お、なんだ迅。お前もやるか?」
「いやいやオレは遠慮しとくよ。それよりも今日は面白いものを見に来たんだ。丁度いいから2人も見に行く?」

 迅さんが軽い口調で言うと面白いもの?と太刀川さんは顎に手を当てて首を傾げてから「よし乗った!」と内容もわからないままに承諾した。オレも2人の後について歩きながらチラチラと時折視線を感じる。…そりゃそうだ。攻撃手1位の太刀川さんにS級隊員の迅さん。改めてこの状況、すごい面子に混じっているなと我ながら思う。

「あ、そうか。入隊式今日だったか」

 たどり着いた部屋と太刀川さんの一言でなるほどと思う。ここに連れて来たということはおそらく迅さんが目をつけている新入隊員がいるということなのだろう。

「で、どいつ?」
「えーっと、あそこ。あ、今3号室入った」
「お、イケメンだな」
「女性…じゃないんですか」
「女性だよ。太刀川さんは後で本人に謝っといてね」
「まじか。へぇ、背ぇ高いな。で、どういう関係?」
「オレが直々にスカウトした」

 再びまじか!と太刀川さんが目を見開いたのに対してニヤリと笑う迅さん。「そりゃ見ものだ」と返した太刀川さんは迅さんと全く同じ顔をしていた。

「で、攻撃手か?」
「おそらくね。予想だけど彼女はスコーピオンを使うと思うなー」
「よし!これでまたライバルが増え……」

 太刀川さんがそう言いかけたところで放たれたのは聞いていた話とは違う変化弾だった。浮かべられたトリオンキューブを見れば二ノ宮さん程まではいかないがそれに劣らずのトリオン量なのが伺える。少しだけ期待をして目を細めると、他ではあまり見ない独特な弾道を描いた変化弾は真っ直ぐに弱点部分を狙うもあっさりガードされて不発に終わった。

「……おい迅」
「あちゃ〜、そっち選んだか〜」

 こりゃ見事に予知覆されたと迅さんは頭を掻く。オレ自身も迅さんがスカウトしたとだけあって少しだけ期待していた分正直こんなものかと肩を落とした。敵もこの後攻撃してくるだろうしさてどうすると彼女を見ると、手をグーパーして感触を確かめているように見える。

「……?迅さん、もしかしてあの人トリガー使うの今日初めてですか?」
「ん?そうそう。彼女も地方組だからね、こっち来るまではここ通えないから、仮入隊もしてない。正真正銘今日初デビューだよ」
「地方組……」

 そう聞いただけで少しだけ親近感が湧く。もしかしてさっきのは試し撃ちか……?そんな彼女を見ると、今度は地面に手をついて身を低くしていてまた首を傾げる。

「…あの人は何をしようとしているんでしょうか」
「ん〜……」
「オイオイ大丈夫か。敵さんもう攻撃体制とってんぞ」

 太刀川さんがそう発言してからはあっという間だった。相手の攻撃が降りかかる瞬間、ほんとにスレスレでクラウチングスタートで走り抜けたかと思えば、ずば抜けた身体能力を生かして地を蹴り、飛んだ。靴にバネでもついているんじゃないのかと疑う程のジャンプ力には、流石のオレも度肝を抜かれた。それから訓練用近界民の口元に手を掛けて、足りない射程を直角に曲がる変化弾で補って見事に敵を仕留めて見せた。

「まじか!そうくるか!」
「お〜やるね如月ちゃん。流石オレの予知を覆しただけのことはある」
「初めてのトリガー実戦でこれだけ動けるなんて、並のセンスじゃないですね」
「いやいや射手であれは反則だろ。あれは完全に攻撃手の動きだ」

 各々が彼女を評価したところで「ところで今から会いにいくんだけど、2人はどうする?」という迅さんの問いかけに対して間髪入れずに「行くに決まってんだろ」と答えた太刀川さんはしっかりとオレの首に手を回してきた。どうやら拒否権はなさそうだと再び2人の後に着いて行くことにした。
 フロアの階段を降りると人集りから1人離れて行くのが見えて、先程の人なのだろうなとすぐにわかった。高記録を出した後だから周りが騒ぐのも無理ないよなと思いながら見た彼女は、肌が白くすらっと身長が高くて、高い鼻や切長の目、短い髪のせいか太刀川さんに男性と間違われる程に中性的で、とても綺麗な人だなと思った。

「いや〜さっきのすごかったね如月ちゃん」

 気付いたら目の前まで来ていて、迅さんの声にはっとした。それに対して彼女は驚いたよう目を見開いてから、誰?というような不審な目でこちらを見ている。

「?……あ、ありがとうございます」
「オイ迅、顔見知りじゃないのか」
「半年前くらいに会ったっきりで、あとは一度電話したくらいかな〜」
「先に言え」

 一連の会話を聞いた彼女はどうやら名前は記憶していたようで「…あ、迅さん。電話の」と思い出したように表情を明るくする。

「おかげさまで無事入隊できました。手続きとか色々ありがとうございます」
「いやいやこちらこそ。将来有望な子がまた1人入隊してくれて良かった〜!改めまして、実力派エリート迅悠一です。で、この2人はA級隊員の太刀川さんとB級の村上鋼」
「A級隊員の太刀川です。よろしく〜」
「…どうも」
「訓練性の如月ユエです。よろしくお願いします」
「背高いし髪短いから最初男かと思ったわ。ごめんな」
「あぁ、よくあるんで気にしないで下さい」
「うんうん、ちゃんとしてるな」
「…はい?」

 太刀川さんは少し考えてから何か閃いたように如月さんの両肩をがしりと掴んで「よしそうしよう」と目を輝かせている。片や彼女の方はびくりと肩を揺らして動揺していた。…あの不審がってる目。多分、オレも含めて変な人達って一括りにされてるんだろうなと思った。

「なぁ、やっぱ攻撃手に転向しようぜ。お前はそっちのが向いてる」
「あー…はい、やっぱりそうですよね。私もそっちの方が向いてるとは思ってました」
「お、話が早くて助かる。そうと決まればさっさと正隊員に上がってランク戦しようぜ」
「はいはい太刀川さんストップ、そこまで」

 有望株に興奮するのもわかるけど〜と軽口を叩きながら迅さんが割って入ると、太刀川さんは面白くないように口を尖らせた。子供かと突っ込みたくなったが、それ程までに興味をそそられたということなのだろう。正直、少し妬ける。

「如月ちゃん、転校まではまだ少し先だけど、分かんないこととかあったら気軽に聞いてね」
「はい。わかりました」
「で、そこで提案なんだけど。鋼」
「……?」
「如月ちゃんに色々レクチャーしてくれないかな。同じ学校で地方組だし歳も近いから如月ちゃんにとってもその方がいいと思うんだよね」
「!」

 まさかの提案に驚きつつもチラリと彼女を見ると、オレの返事を待っているようだった。別に教えること自体は構わないけど、オレ自身入隊してそんなに長いわけでもないし大丈夫だろうか…?確かに地方出身っていう点での相談では力になれるかもしれない。だけど、ボーダーについてあれこれ教えるって意味では迅さんや太刀川さんの方がよっぽど適任だ。…ただ、迅さんがそれをあえてオレに頼むと言うことは、きっと何か理由があるのだろう。そう思うことにしてとりあえず頷いた。

「オレはいいですけど」
「じゃあよろしく。如月ちゃんもオッケー?」
「はい、あの……よろしくお願いします」
「こちらこそ。じゃあ連絡先聞いていい?」
「はい。えっと……」

 これが如月ユエとの出会いだった。